山道具ラボ by Daringdaddy

#山で使う道具の話 #軽さと快適さのあいだ #買う前に知りたかったこと

ULブランド探訪:Zpacks|針と糸から始まった、DCF一神教の設計哲学

1. はじめに:重さという名の支配から逃げたかった

山に入るたびに思う。なぜこんなに重い。

テント、バックパック、シュラフ——それぞれが「ちょっとだけ」重いだけのはずなのに、積み上げると肩が軋む。翌朝起きると膝が固まっている。山頂に立った達成感より先に、「もう少し軽ければ」という欲求が来る。

その欲求に正直だった人間が、2004年に一台のミシンの前に座った。名前はジョー・ヴァレスコ。コンピューターサイエンスを学んだばかりの若者で、アパラチアン・トレイルのスルーハイクに向けて荷物を整理していた。既製品はどれも重すぎた。不要な機能がついていた。なら、自分で作るしかない——そういう判断だった。

この話を聞いたとき、「よくある創業神話では?」と思った。しかし Zpacks の場合、その後の20年が証明している。ジョーは今も現役で山を歩き、今も製品を直接監修し、フロリダの工場で今日もDCFを縫い続けている。神話ではなく、継続だ。

2. AT の夜に縫い続けた男

ジョー・ヴァレスコがアパラチアン・トレイルのスルーハイクに出発したのは2004年のこと。コンピューターサイエンスの学校を終えたばかり、いわば「さて、次は何をするか」というタイミングだった。

彼が直面したのは、シンプルな不満だった。自分が本当に使いたいと思えるギアが、市場に存在しない。重すぎる。余計なパーツが多すぎる。というより、軽量化を突き詰めた製品を作ろうとしているブランドが、当時はほとんどなかった。

だから彼はアパートでミシンを踏み始めた。昼間は準備を進め、夜はパターンを考えた。AT のハイク中も試行錯誤を続け、トレイルで出会うほかのハイカーたちが「そのパック、何オンス?」と聞いてくる。嫉妬交じりの視線が集まる。「売ってくれ」という声が出始めた。

2005年、ジョーは Zpacks を立ち上げた。最初は週末と夜間だけ製品を縫い、オンラインで販売した。直販モデルを採用したのも、理由は単純だ。小売マージンを排除することで、プレミアム素材を使いながら価格を抑えられる。ガレージブランド的な出発点が、結果的に彼のこだわりを守る構造になった。

ブランド名「Zpacks」の由来について公式の説明は存在しない。ただ、Z はアルファベットの末尾——つまり「これ以上削れない」という極限を示唆しているように、僕には読める。邪推かもしれないが、悪くない解釈だと思う。

今のジョーは四大ロングトレイル(AT・PCT・CDT・テ・アラロア)を完走したトリプルクラウナーで、総歩行距離は9,400マイルを超える。「設計者が使い続けている」という事実が、製品の信頼性を下支えしている。

3. 軽さは目的ではなく、手段

Zpacks の設計思想を一言で言うと、「余計なものを持たない自由のための軽量化」だ。しかしジョー自身が初期から今にかけて変化してきたことを率直に認めている。

「創業当初は、とにかく軽さ最優先だった。快適さは二次的な問題だった」

これは Carryology のインタビューで彼が語った言葉だ。この正直さが、ブランドの誠実さを示している。スルーハイカーとして何万マイルも歩いた経験から、やがて「軽さと快適さのバランス」という視点が加わった。Arc Haul のカーボンフレームによる荷重分散、Arc シリーズのフィット感の調整機構——これらは「軽ければいい」という思想だけでは生まれない。

その一方で、妥協しないポイントがある。素材だ。

Zpacks は素材の選択において、DCF(Dyneema Composite Fabric)以外の選択肢を長らく認めてこなかった。ナイロンでもポリエステルでもない。DCF だけが、「軽さと防水性と強度のすべてを同時に実現できる」とジョーは判断した。

この判断は「宗教的」と言われるほど一貫している。他ブランドがハイブリッド素材や価格帯別ラインナップを展開する中、Zpacks は長らく DCF 一本で勝負してきた。近年は Ultra TenX や Ultra 100X といった新素材ラインも加わったが、それでも DCF(Dyneema)ファミリーの外には出ていない。

直販モデルも哲学の一部だ。小売店を通さない構造により、ユーザーとの距離を縮め、フィードバックを直接製品に反映させる。フロリダ州ウェストメルボルンの自社工場でのアメリカ国内製造も、品質管理の砦として機能している。

4. Cuben Fiber から DCF へ——素材という名の一神教

Zpacks が創業初期から偏愛してきた素材が、当初「Cuben Fiber」と呼ばれていたものだ。正確には、DSM(現在の Avient)が開発した Dyneema 繊維を使ったラミネート素材で、2015年以降は製造元の Cubic Tech が DSM に買収され、素材名も「Dyneema Composite Fabric(DCF)」に改称された。

Zpacks が DCF を選び続ける理由は、スペックに凝縮されている。

DCF が選ばれ続ける理由
鋼の15倍の引張強度(重量比)——繊維としての強さは異常なレベル
コーティングなしで防水——コーティング劣化の概念がそもそも存在しない
水を吸わない——湿潤時の重量増加がゼロ
伸びない——張力を維持し続けるテントは、風の中でもシルエットを保つ
PFAS フリー——撥水剤を使わない自然防水のため、化学物質の懸念がない

Zpacks が用途に応じて使い分ける DCF の重量バリエーションも、この素材への理解の深さを示している。

規格 重量 主な用途
0.55 oz/sqyd DCF 最軽量 スタッフサック、タープ、テントキャノピー
0.75 oz/sqyd DCF 中程度 テント(耐久性重視仕様)
1.0 oz/sqyd DCF 標準 テントフロア、グラウンドシート
Ultra 100X(3.3 oz/sqyd) 高耐久 バックパック本体(Arc Haul Ultra 等)
Ultra TenX(2.92 oz/sqyd) 高耐久・軽量 バックパック(EPX ライン)

近年はバイオベースの Dyneema 繊維(再生可能原料由来)も採用し、環境負荷の低減にも動き出している。素材の進化に合わせて製品ラインを更新するサイクルが、ブランドのアップデート史そのものだ。

また、テントポールやバックパックフレームにはカーボンファイバーを使用する。「スティフネス(剛性)が必要な箇所にはカーボン」というジョーの判断で、これも重量当たりの強度比を最大化する選択だ。

5. 僕が唸った代表作

Arc シリーズ:荷重分散という革命

Zpacks のバックパックラインの核は「Arc」という名の弧にある。カーボンファイバーのフレームが背中の形に沿ってアーチを描き、荷物と背中の間に空気層を作る。この設計が、超軽量パックにありがちな「重さが点で当たる」問題を解決した。

Arc Blast から始まり、Arc Haul へと展開し、現在は Ultra 素材を使った Arc Haul Ultra シリーズに進化している。Arc Blast は「21oz 以下」という衝撃的な軽さでスルーハイカーの間に広まり、Arc Haul はより大容量を求めるユーザーへの答えだった。

Zpacks Arc Haul Ultra 40L バックパック
画像引用: Zpacks 公式サイト
製品 容量 重量 価格(USD) 素材
Arc Haul Ultra 40L 40L 約21 oz台 $399 Ultra 100X
Arc Haul Ultra 50L 50L 21.6 oz / 613 g $399 Ultra 100X
Arc Haul Ultra 60L 60L 22 oz / 624 g $399 Ultra 100X
Arc Haul Ultra 70L 70L 約23 oz台 $399 Ultra 100X

コミュニティでは「スルーハイカーの定番」という評価が定着している。特に Arc Haul Ultra は「安定した背負い心地と長期耐久性」が高く評価され、複数のレビューサイトでベストウルトラライトパックの一つに選出されている。注意点として、ベースウェイトを低く保てる熟練のウルトラライターに向いた設計であり、パッド類が少ないため、重い荷物には向かない。

Zpacks Arc Haul Ultra 40L
Zpacks Arc Haul Ultra 60L
Zpacks|60L / 22 oz / Ultra 100X

Duplex シリーズ:2人用 DCF テントのデファクトスタンダード

テントカテゴリでの Zpacks の代名詞が Duplex だ。2人用フリースタンディングではなく、トレッキングポール2本を使うダブルウォール構造。重量は Classic で 17.8 oz / 504 g、Lite バージョンなら 14.9 oz / 423 g というスペックは、2人用テントの概念を塗り替えた。

設営はポール2本と6〜8本のペグのみ。完全対称設計のため、風向きや地形に応じてどちらの向きでも設営できる。ジッパーなしのストームドアが4か所あり、ジッパー重量すらも削った判断は Zpacks らしい。DCF の伸びない特性のおかげで、強風下でも張力を保ち続ける。

Zpacks Duplex Classic テント
画像引用: Zpacks 公式サイト
モデル 重量 価格(USD) 特徴
Duplex Lite 14.9 oz / 423 g $699 軽量キャノピー仕様、最軽量モデル
Duplex Classic 17.8 oz / 504 g $749 耐久性重視のスタンダードモデル
Duplex Pro 22.1 oz / 627 g $799 強度重視・荒天対応強化版
Zpacks Duplex Classic 設営
Zpacks Duplex Classic Tent
Zpacks|2人用 / 17.8 oz / DCF

その他の注目製品

テントラインは Duplex 以外にも幅広い。ソロ用の Hexamid(9.7 oz / $499)は 275 g という圧倒的な軽さ。Pivot シリーズはフリースタンディング構造でポール不要のオプションも提供する。タープ類も充実しており、「最軽量のフルDCFシステム」を組むための選択肢を一ブランドで完結できる。

6. おわりに:20年後もミシンを踏んでいる理由

Zpacks が面白いのは、「巨大になっても変わらなかった」ことだ。

スルーハイキング文化が広まり、UL ギアの需要が急拡大した2010年代以降、多くのコテージブランドが方針転換を迫られた。生産拠点を海外に移す、素材を廉価なものに変える、ラインナップを大衆向けに広げる——そういう圧力は必ずある。

Zpacks はそれをやらなかった。フロリダの自社工場で縫い続け、DCF への執着を維持し、直販モデルを守った。その結果として、20年後の今も「スルーハイカーが選ぶ本命ブランド」という地位にある。

日本では hinataストア、STANDARD point、風街道具店など複数の国内取扱店でも入手できるようになり、以前より手に取りやすくなった。それでも、人気モデルは在庫がすぐなくなる。「買おうと思ったら売り切れ」を何度か経験した人も多いはずだ。

僕が Zpacks に惹かれ続ける理由は、おそらくシンプルだ。ジョーが今も山を歩いているから。それだけで、製品への信頼の根拠として十分だと思っている。

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