山道具ラボ

by Daringdaddy #山で使う道具の話 #軽さと快適さのあいだ #買う前に知りたかったこと

ULブランド探訪:OMM —— レースが設計した、英国の荒天を走るための軽さ

1. はじめに:道具より先に、レースがあった

1968年、ランカシャーの警察訓練施設に勤める一人の教官が、登山雑誌『Climber and Rambler』の片隅に広告を出した。「2日間、山を駆けて野営する競技の参加者求む」。ナビゲーション能力と山の総合力を、極限の状況で同時に試す——そんな催しを、彼は世に問おうとしていた。男の名はジェリー・チャーンリー。これが、いまもイギリスで続くマウンテンマラソンの始まりだ。

ここで一度立ち止まってほしい。OMMというブランド名は、製品の名前ではない。Original Mountain Marathon——「あの、もと祖のマウンテンマラソン」という、レースそのものの名前だ。 つまりOMMにおいては、レースが先にあり、道具はその副産物として後から生まれた。普通のギアブランドとは順番が逆である。

毎年10月、イギリスのどこかの荒れた山域で、参加者は二人一組になり、テント泊の装備まで含めて必要なものを全部背負い、二日かけて山を駆ける。天気は荒れる。風が抜け、雨が横殴りに当たり、夜は冷える。OMMのギアは、その過酷さに耐えるためだけに設計され、そして毎年、同じ山で実地に答え合わせをされてきた。日本でもOMM JAPANとしてイベントが根づき、ムーンライトギアの店頭に並ぶファストパッキングの定番として、走る登山者の支持を集めている。

机の上で生まれた道具ではない。荒れた稜線を、荷物を背負って走る人間が必要としたものだけが、OMMの製品リストに残ってきた。

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2. レースが先、ブランドは後 ——「カリマー」からOMMへ

ジェリー・チャーンリーは、オリエンテーリングと登山に通じた警察の野外訓練教官だった。彼が設計した競技は、フルコースでダブルマラソンに相当する距離を、地図とコンパスだけを頼りに、装備を担いで二日かけて踏破するというもの。速さだけでも、強さだけでも、ナビ能力だけでも完走できない。山の総合力を丸ごと問う設計だった。

立ち上げから長らく、英国の老舗ザックメーカーであるカリマーが冠スポンサーを務めた。大会の正式名称は Karrimor International Mountain Marathon——頭文字をとってKIMMとして知られ、最初の8年ほどは単に「The Karrimor」とも呼ばれた。このカリマー時代に、大会で必須となる防水ウェアやザック、シュラフが、競技専用に作り込まれていく。レースの過酷な要求仕様が、そのまま道具の設計図になった。

転機は2004年。カリマーがスポンサーから退き、大会は名をOMM(Original Mountain Marathon)へと改めた。「もとからある、本家のマウンテンマラソン」という宣言だ。さらに2010年、大会と製品の権利は英国のArk Consultantsが取得し、イベント運営とギアづくりが一体のブランドとして再出発する。

創始者チャーンリー自身は、その姿を見届けてはいない。1982年12月、ヘルベリン山のスワラル・エッジで訓練生を率いていた彼は、足元の雪庇が崩れて滑落し、命を落とした。彼が遺したのは一つの競技だが、その競技は半世紀にわたり、世界の軽量ギアが世代交代するたびの試験場であり続けた。OMMというブランドは、その試験場が自前で道具を作りはじめた、という成り立ちをしている。

のあゆみ ── レースが、ブランドになるまで
沿革モデル登場
1968
ジェリー・チャーンリーが登山雑誌の広告で参加者を募り、第1回マウンテンマラソンを開催。当初の名は冠スポンサーから「The Karrimor」(KIMM)。
1973
Classicの原型が誕生。仕様を定めたのは五輪金メダリストでロンドンマラソン創設者のクリス・ブラッシャー。
1982
創始者チャーンリーがヘルベリン山で殉職。それでもレースは止まらず、軽量ギアの試験場であり続けた。
2004
カリマーが冠スポンサーから退き、大会名を OMM(Original Mountain Marathon)へ改称。
2005
カムレイカ初代を発売。世界初級の「伸びる防水シェル」として荒天レースのウェアを一変させる。
2010
Ark Consultantsが大会と製品の権利を取得。イベント運営とギアづくりが一体のブランドとして再出発。
現在
Kamleikaは第6世代へ。日本でも OMM JAPAN としてイベントと流通が定着し、ファストパッキングの定番に。

3. イベントこそが研究所 ——「走れること」を全要件に置く設計思想

多くのアウトドアギアは、研究室と試着室で設計される。歩く前提で、立ち止まって試して、整えられる。OMMの道具は違う。設計の前提に、いつも「二日間、荷物を背負って山を走る」という具体的な状況が置かれている。

この一点が、すべての要件を決めてしまう。走るのだから軽くなければならない。荒天のレースだから防水でなければならない。そして——ここがOMMの肝なのだが——走る動作を邪魔してはならない。腕を振り、上体をひねり、心拍を上げて動き続ける体の上で、ごわつかず、突っ張らず、バサバサと音を立てない。歩行用の道具には求められない条件が、走る前提では必須になる。

ブランドを象徴する防水ウェア「カムレイカ(Kamleika)」の名は、アリューシャン語で「丈の長い防水ローブ」を指す言葉に由来する。この生地が特異なのは、防水でありながら4方向に伸び、走っても擦れ音が最小限に抑えられている点だ。「雨を防ぐ」だけなら世にいくらでもある。OMMが解こうとしたのは「雨を防ぎつつ、全力で走れる」という、両立しにくい連立方程式のほうだった。

道具を一つの機能に閉じ込めないのも、この思想の延長線上にある。背中のパッドが寝るためのマットを兼ね、ウエストベルトが取り外せてサブバッグになる。レースで一グラムでも削りたい人間にとって、「一つで二役」は美徳ではなく必然だ。OMMの製品は、その必然を素直に形にしている。

4. 走るための生地 —— カムレイカの世代更新と、濡れても暖かい保温

OMM Kamleika Smock カムレイカ スモック 4方向ストレッチ防水
画像引用: OMM

OMMの素材選びは、ことごとく「走る荒天のレース」から逆算されている。

カムレイカは一度作って終わりではない。現行はすでに第6世代に達し、4方向ストレッチの防水ソフトシェルとして練り上げられてきた。近年はPFAS・PFCフリー化も進め、防水性能と環境規制の両方を追いかけている。終わりのないアップデートが、この生地を「マウンテンマラソン界で知らぬ者はいない」存在にした。

保温着の「マウンテンレイド(Mountain Raid)」シリーズが化繊綿——PrimaLoftのCross-Core系——を選ぶのにも、明確な理由がある。イギリスの秋の山は濡れる。ダウンは濡れれば潰れて暖を失うが、化繊綿は濡れても保温力が大きくは落ちない。「濡れても暖かい」は、レースで必携の保温着に課せられた、譲れない条件だ。軽さと暖かさだけでなく、最悪のコンディションでの信頼性まで含めて選ばれている。

ザック側でも、生地は用途で使い分けられる。擦れる底部やストラップにはTPUで補強したナイロンやCORDURAを当て、背面には通気する3Dエアメッシュを置く。「軽くする」と「壊れない」の折り合いを、部位ごとに細かくつけている。カタログの総重量を一つ削るためではなく、レースを二日間走り切るための堅牢さと軽さの両立——その地味な調整の積み重ねが、OMMの生地まわりの正体だ。

5. 僕が唸った代表作

Classic(25 / 32)—— 軽さを「機能」とした、最初期のパック

OMM Classic 25 オレンジ 25Lランニングパック ストレッチメッシュ UGR
画像引用: OMM

OMMを語るなら、まずこのザックから始めるしかない。Classicの原型が作られたのは1973年。仕様を定めたのは、メルボルン五輪3000m障害の金メダリストであり、のちにロンドンマラソンを創設したクリス・ブラッシャーだった。OMMによれば、Classicは「軽さをバッグの機能の核に据えた最初期のパック」だという。「ウルトラライト」という言葉が登山界に根づくより、ずっと前の話だ。

現行のClassic 25は、リーンウェイト(最小構成)で約365g、フル装備で約670g、容量25L。ナイロンとTPU補強ナイロン、3Dエアメッシュ、ストレッチメッシュで組まれている。肩当てのEVAパッドは、あえて脇に縫い目を作らず、体の丸みに沿うように成形されている。走って上下動する体の上で、ザックが暴れないための工夫だ。

象徴的なのが、取り外せる背面パッド「Duomat」。これは背中のクッションでありながら、広げれば3/4丈のスリーピングマットになる。一枚で「背負い心地」と「夜の寝床」を兼ねる発想は、まさにレース由来の引き算だ。さらにウエストベルト(容量2L)も取り外せて、伸縮メッシュの大型ポケットには、二人一組のチームが互いの背中に行動食や雨具を差し込み合う——そんな使われ方まで織り込まれている。45cmの背面長は、小柄な体格や短い胴にも合わせやすい。

Phantom(25)—— 肩ではなく「背骨」で背負うVestPack

OMM Phantom 25 ブラック VestPack Phantom Suspension
画像引用: OMM

Classicが伝統的なザックの極北だとすれば、Phantomは別カテゴリーへの跳躍だ。リーンウェイト約505g、フル約725g、容量25L、生地はCORDURA。最大の特徴は「Phantom Suspension」と呼ばれる背負いの構造にある。

普通のザックは荷重を肩で受ける。Phantomは首の後ろの細いヨーク(接続部)を介して、荷重を肩ではなく背骨に預ける。V字のアンカーと衝撃吸収コードが上下動と揺れを抑え込み、肩は荷物から解放されて自由に振れる。走るときの腕振りと、肩の可動を妨げないための設計だ。前面にベストのような収納を備え、止まらずに補給・装備の出し入れができる「VestPack」——ザックの容量と、レースベストの即応性を一つにした、複数日レースのための解答である。

Duomat / Mountain Raid —— 多機能と「濡れへの強さ」の象徴

単体でも触れておきたいのが、先述のDuomatと、化繊保温のMountain Raidだ。Duomatは「道具を一つの機能に閉じ込めない」というOMM思想の最小単位であり、Mountain Raidは「最悪の天気でも裏切らない」という設計信条の体現だ。派手さはない。だが、荒天の山を走る人間が本当に欲しいものだけが、ここに残っている。

OMMを手に取るには
日本ではOMM JAPAN公式ストアと、ムーンライトギア(東京・大阪・福岡/オンライン)が主な販路。Amazon・楽天の取り扱いは基本ない。
OMM JAPAN公式で見る

6. おわりに:答え合わせは、毎年あの山で

OMMの道具には、デザイナーの思想を声高に語る饒舌さがない。その代わり、すべての設計判断の裏側に「二日間、荷物を背負って荒れた山を走る」という、ひとつの具体的な現実が立っている。軽さも、伸びる防水も、濡れても暖かい綿も、一つで二役のパッドも、源をたどればすべてあの過酷なレースに行き着く。

机上で完結したコンセプトではなく、毎年10月にイギリスの稜線で実地に問い直される道具。OMMの一貫性は、思想の強さではなく、答え合わせの場所を持っていることから来ている。ファストパッキングという言葉が一般化するずっと前から、この国のブランドは「走れる軽さ」を、レースという名の研究所で磨き続けてきた。流行が一周して、ようやく時代がOMMに追いついた——そう言ってもいい気がする。

山の花の名前を覚えたくて、写真クイズのiPhoneアプリをつくりました