- はじめに:ピラミッドという答えにたどり着くまで
- ヨセミテの壁と、ハウルバッグの中で眠った男
- 引き算でしか到達できない場所
- シルナイロンからDCFへ:素材を最初に走り抜けた一社
- 僕が唸った代表作
- おわりに:原典が、静かに次の世代へ手渡されようとしている
はじめに:ピラミッドという答えにたどり着くまで
テント選びで、遠回りをするハイカーは多いのではないか。
ダブルウォールの自立式から始まり、軽さを求めてシングルウォールに移り、それでも「もっと削れないか」と夜な夜なスペック表を眺める。フロアの重さ、ポールの重さ、結露、設営の手間——どれかを立てればどれかが倒れる。シェルターというのは、そういう底なし沼だ。
そんな堂々巡りの果てに、ある日トレイルで見かけたのが、一本のトレッキングポールで立ち上がった四角錐だった。フロアもポールもない。ただ生地が地面から斜めに立ち上がり、内側で人が眠っている。あまりに潔くて、しばらく言葉が出なかった。
「Mountain Laurel DesignsのDuoMidです」。持ち主はそう言った。
Mountain Laurel Designs(以下MLD)。ULの世界にいる人なら、この四角錐に一度は心を奪われたことがあるはずだ。
ヨセミテの壁と、ハウルバッグの中で眠った男
MLDを2002年に立ち上げたのは、Ron Bell(ロン・ベル)という人物だ。
彼の経歴は、ガレージブランドの創業者としては少し異質だ。縫製でもアパレルでもなく、出発点はヨセミテ国立公園の山岳救助隊(YOSAR)のクライマーだった。垂直の壁を登り、ときに壁の上で夜を明かす——そういう世界で何年も過ごした人間だ。1970年代、Explorer Scout時代にはすでに「8オンスのメッシュハンモックと軍用ポンチョ」だけで野営していたというから、軽さへの執着は筋金入りである。
その原体験を、Ron自身がこう語っている。
ビッグウォールでハウルバッグの中に潜り込んで眠った経験があれば、目標を達成するのに本当はどれだけ少ないもので足りるか、嫌でもわかる。
ハウルバッグ——壁を登るとき装備を吊り上げる頑丈な袋だ。その中で丸まって眠った男が、「装備は引き算だ」という哲学に行き着くのは自然な流れだった。
ルイジアナ州バトンルージュからバージニア州ロアノークへ移り住んだRonは、ビッグウォールクライミングの「Less is More」の発想をバックパッキングに持ち込もうとした。当時、スーパーウルトラライトな荷物を背負える市販ギアはほとんど存在しなかった。だから、自分で作るしかなかった。最初はeBayでシルナイロンのタープを売る、ただの週末の趣味だったという。
ブランド名の「Mountain Laurel」は、Ronが拠点を構えたバージニアを含むアパラチアの山々に自生する低木と同じ名だ。派手さはないが、痩せた岩場にもしぶとく根を張り、初夏に静かに花を咲かせる——その地に根ざした響きが、このブランドの土着的な体温と重なって聞こえる。
引き算でしか到達できない場所
MLDの設計思想は、ひと言でいえば「フルに機能するうえで、可能な限り最軽量」だ。ただ軽いだけの簡素なギアとは、そこが決定的に違う。
象徴的なのが、看板の「Mid(ミッド)」——ピラミッド型シェルターの考え方だ。専用ポールを持たず、ハイカーがどのみち持っているトレッキングポールを支柱に流用する。それだけで、テントから「ポールの重さ」という項目がまるごと消える。フロアも一体化させず、必要なときだけインナーネットやバスタブフロアをモジュールとして吊るす。虫の少ない季節は外し、必要な季節だけ足す。
つまり、ユーザーが自分の使い方に合わせてシェルターを「組み替える」ことを前提にしている。メーカーが全部入りの完成品を押し付けるのではなく、引き算の余地をユーザーに手渡す。この思想が、MLDを単なる軽量テント屋ではなく、ULカルチャーそのものの教科書的存在にした。
Ron自身が、セクションハイクからウルトラマラソン、アイアンマンまでこなすマルチスポーツのアスリートでもある。「速く、軽く、効率的に動く」という原理は、机上の理屈ではなく彼自身の身体から出てきたものだ。だからMLDの製品は、見た目こそミニマルだが、現場で破綻しないところに信頼が置かれている。
このピラミッド型シェルターという解が、なぜ素材の進化と分かちがたく結びついているのか。次の章でその核心に触れたい。
シルナイロンからDCFへ:素材を最初に走り抜けた一社
MLDのもうひとつの顔は、素材への偏執的なまでのこだわりだ。
創業直後の2003〜2005年、Ronは毎週のように試作を重ねていた。シルナイロンに始まり、スピネーカークロス、各種ポンチョやパックへと展開し、2004〜2006年には0.2〜2.0 oz/sq/ydという広大なレンジで100種類以上のファブリックを実地テストしたと記録されている。「どの生地が、どの用途で、どこまで攻められるか」を、机ではなくトレイルで確かめ続けた。
その延長線上で、MLDは早い時期からCuben Fiber——のちのDCF(Dyneema® Composite Fabric)——をピラミッドシェルターに採用した先駆けの一社になった。伸びず、水を吸わず、圧倒的に軽いこの素材は、張力で形を保つMID構造と相性が抜群だった。DCFという素材がULシェルターの常識を塗り替えていく流れの、最前列にMLDはいた。
| 素材 | 主な用途 | キャラクター |
|---|---|---|
| SilPoly | シェルター(標準) | 吸水で伸びにくく、夜間の張り直しが少ない。価格と耐久のバランス型 |
| DCF(0.75) | シェルター(最軽量) | 伸びゼロ・非吸水・最軽量。張ったシルエットを保ち続ける |
| Ultra X 100 | パック(高耐久) | UHMWPE系の高強度ラミネート。内側シームテープで防水性も高い |
| UltraGrid 200d | パック(標準) | リップストップの定番。色展開が豊富で扱いやすい |
UHMWPEを使ったバックパック生地が、いまどんな地図の上にあるのか——バックパック生地の革命2026|DCF、Ultra200X、ALUULA、DWCを併せて読むと、MLDのUltra X採用がどういう文脈に位置するかが立体的に見えてくる。
素材を真っ先に試し、良ければ淡々と取り入れる。派手な「世界初」を声高に叫ぶのではなく、現場で使えると判断したものだけを静かに製品へ落とし込む。この地味な実直さこそ、20年以上続いた理由だと思う。
僕が唸った代表作
Mid シリーズ:すべての模倣の原典
MLDを語るとき、避けて通れないのがピラミッド型シェルターの「Mid」シリーズだ。なかでもDuoMidは、2人用ウルトラライト・ピラミッドシェルターの原型として知られ、数えきれないほど模倣されてきた。
非対称設計で頭側にも足側にも余裕を持たせ、大型のピークベント、14か所のラインロック付きタイアウト、ダブルドア。一本のトレッキングポールで立ち上がるとは思えないほど、悪天候への対応力が高い。インナーネットやバスタブフロアを足せば本格的な3シーズンテントに、外せばただの軽量シェルターに——使い手の数だけ使い方がある。
| モデル | 重量 | 価格(USD) | 用途 |
|---|---|---|---|
| DuoMid | 18oz(SilPoly) / 15.5oz(DCF) | $315前後〜 | ソロ〜2人。Midの基準形 |
| DuoMid XL | 21oz(SilPoly) / 16oz(DCF) | $385 | 2人にゆとり。荒天・雪も対応 |
Prophet / Burn / Exodus:フレームレスパックの到達点
MLDはシェルターのブランドだと思われがちだが、フレームレスパックの名門でもある。とりわけ Prophet は、ULスルーハイカーの世界で「MLDのProphet」と固有名詞で語られる定番だ。
Prophet 48Lは17.5oz(495g)。フレームを持たないのに、ウエストからショルダーへ緩やかにカーブさせたサイドパネルで荷重を上背に引き寄せ、フレームレスとは思えない背負い心地を実現している。底面・バックパネル・サイドポケットには耐久防水のDyneema系生地を配し、酷使に耐える。レビューでは「MLDのProphetとULAのCDTは、快適性と耐久性ゆえの定番」と並び称されるほどで、長距離スルーハイカーからの信頼が厚い。
より小ぶりな Burn 38L(16.5oz / 467g)は20〜25ポンドの荷物に最適化されたミニマルなロールトップパック。さらに容量の要る人には、18ozで「フルサイズ・フル機能のフレームレスパックとして最軽量級」と評される Exodus(55〜57Lクラス)がある。ベアキャニスターやかさばるハンモック装備を積む3シーズンスルーハイクに向く一本だ。
| モデル | 容量 | 重量 | 価格(USD) | 立ち位置 |
|---|---|---|---|---|
| Prophet 48L | 48L | 17.5oz / 495g | $245〜325 | スルーハイカーの定番。MLDパックの顔 |
| Burn 38L | 38L | 16.5oz / 467g | $245〜325 | 最小構成。軽さ最優先のミニマル |
| Exodus 55-57L | 55〜57L | 約18oz / 510g | $245〜 | 大容量フレームレスの最軽量級 |
いずれもベースウェイトを絞り込んだハイカー向けの設計で、重荷を背負うパックではない。けれど装備が研ぎ澄まされた人間にとっては、これ以上ないほど身体に馴染む。フレームレスパックの「これでいい」ではなく「これがいい」を、MLDは20年かけて磨いてきた。
DCFという素材がシェルターとパックの両方をどう変えたかは、同じくDCFを軸に据えるZpacksや、ピラミッド型シェルターで日本のUL文化を耕したLocus Gearと読み比べると、それぞれの解の違いがくっきりする。
日本での入手先
MLDは基本的に米国本国からの直販が中心で、Amazon.co.jpや楽天市場に正規の常設出品はない(2026年6月時点)。国内では下記が現実的な入手ルートだ。
おわりに:原典が、静かに次の世代へ手渡されようとしている
2026年4月、Ron Bellが引退を視野に、MLDの売却・事業承継を探していることが公表された。
ただし、ここで誤解してほしくない。会社が畳まれるわけではない。Ronは「急いではいない」「会社が今後も繁栄するよう、移行が完了するまで全面的に関わり続ける」と明言しており、2026年も新製品を出し続けている。20年以上ひとりの哲学で走ってきたブランドが、次の担い手へ静かにバトンを渡そうとしている——そういう局面だ。
ヨセミテの壁でハウルバッグに潜り込んで眠った男が、「装備は引き算だ」という一点を、20年以上ぶれずに製品へ刻み続けた。DuoMidという四角錐は、無数に模倣されながら、いまも原典として参照され続けている。
トレイルであの潔いシルエットを見かけたら、僕はまた声をかけてしまうだろう。「それ、MLDですか」と。原典は、模倣の海の中でこそ、いっそう輝いて見える。