- はじめに:僕がLocus Gearに惹かれる理由
- 相模原のブログが変えた、日本ULシーンの夜明け
- LOCUSとは「軌跡」:CADで解いた幾何学の方程式
- DCFへの傾倒、そして「縫わない」という選択
- 僕が唸った代表作
- おわりに:相模原から生まれた「軌跡」は、まだ終わっていない
はじめに:僕がLocus Gearに惹かれる理由
2017年の夏、とある山のテント場でそれを初めて見た。
夕暮れ時、隣のサイトにひとりのハイカーが静かにポールを1本立て、オレンジのシェルターをすっと張り上げた。張り終えるのに5分もかからなかった。僕はそのシルエットに釘付けになった。完璧な二等辺三角形。弛みが一切ない。頂点から裾野まで、まるで定規で引いたような稜線が夕陽に浮き上がっていた。
「あれ、何ですか」と思わず声をかけた。
「Locus GearのKhufuです」という返事が返ってきた。初耳だった。その晩、スマートフォンで調べながら、日本の相模原を拠点とするガレージブランドと知ったとき、正直なところ少し複雑な気持ちになった。こんなものが国内にあったのに、知らなかった自分を恥じるしかなかった。
あの形の美しさは、偶然ではなかった。数学だった。
相模原のブログが変えた、日本ULシーンの夜明け
2009年以前、日本のULシーンには深刻な空白があった。
T's Stoveをはじめとするガレージメーカーが精巧なアルコールストーブや小物を作っていたが、「テント」のような大型シェルターを手がけるガレージは存在しなかった。もし本格的な軽量シェルターが欲しければ、当時のHMGをはじめとする海外ブランドに頼るしかなかった。
2009年、その空白を埋めた人物がJotaro Yoshida(吉田丈太郎)だ。
京都・嵐山のほど近くで育った彼は、幼い頃から山を遊び場にしていた。大学卒業後はコンピューターグラフィックスとウェブデザインの業界へ進んだが、サラリーマン生活に軋みを感じていた30代、友人のひとことでハイキングに再入門する。自分が使いたいシェルターが日本に存在しないと知ると、ミシンを買い、自分で作り始めた。
最初は個人ブログで販売していた。「売ってほしい」という声が予想外に広がり、いつの間にか7人のスタッフを雇用するメーカーへと成長していた。多くのハイカーが「日本のULシーンはついに来た」と感じたマイルストーンだった、と後に山と道のジャーナルは記している。
しかし吉田が相模原から発信したのは、テントだけではなかった。
LOCUSとは「軌跡」:CADで解いた幾何学の方程式
ブランド名「Locus」は、数学的な「軌跡」を意味する。
ある条件を満たす点の集合が描き出す線——それがLocusだ。吉田はシェルターを、テンプレートや感覚で作るものとして捉えていない。彼にとってシェルターは「三次元の構造方程式」であり、各稜線のテンションは、素材の強度、ポールの長さ、スキンライン角度から算出される計算結果だ。
コンピューターグラフィックスの出身者が、CADでシェルターを設計する——その発想は当時の国内UL界では異質だった。物理的なモックアップを何度も作り直す職人的アプローチではなく、数値として最適解を求める工学的アプローチ。ピラミッドという形状を選んだのも、「自然の形」に忠実であったからだ。
吉田は2011年のインタビューで、ピラミッドという形状についてシンプルで強く、自然の法則に従った基本形だと語っている。それは設計者の好みではなく、幾何学的な必然だった。
そして彼は裁断にも数学を持ち込んだ。Locus Gearのピラミッドシェルターは、素材の最大幅をほぼ完全に使い切るよう設計されている。端材を最小化するための展開計算が、製品の形そのものを決定しているのだ。軽くするために捨てるのではなく、最初から無駄を生まない——そのスタンスが、ブランド名「軌跡」に込められた哲学に一致している。
DCFへの傾倒、そして「縫わない」という選択
Locus Gearの素材遍歴は、日本UL素材史と重なる。
初期はシルナイロン中心だった。現在もKhufu HBとして継承されているが、吉田の関心は早い段階でDCF(Dyneema® Composite Fabric、旧称Cuben Fiber)へと移っていった。DCFの登場は、軽量ハイキング界における素材の革命だった。防水性と強度を持ちながら、これほど軽い素材がほかにない。
しかし吉田は、「縫う」ことそのものを問い直した。
縫い目は構造的な弱点だ。針穴が水の経路になり、生地の強度が局所的に下がる。シームシールはその補修だが、経年劣化が避けられない。それならば——縫わなければいい。
DCF-B(Bonded DCF)は、熱と圧力で素材を貼り合わせるボンディング技術を採用し、ファスナー周辺を除いた全面でシームレス構造を実現している。シームシールが不要で、縫い目の劣化を気にしなくていい。ポールに接続するためのベルクロストラップや高負荷部位には、ナイロンとDyneema®を組み合わせたハイブリッド素材を使用することで補強している。
DCFがDyneema®ブランドのもとで進化し、業界標準に近づいた過程については、バックパック生地の革命2026:DCF、Ultra200X、ALUULA、DWCを解剖でも触れている。
さらに吉田は、DCFの弱点だった結露問題にも手を打った。それがDjediの誕生だ。
シングルウォールのDCFシェルターは、透湿性がゼロに近いため内部に結露が溜まりやすい。吉田はeVent素材——マイクロポーラス膜を持つ透湿防水素材——とDCFを掛け合わせた「Djedi DCF-eVent」を開発した。世界初の試みだった。後継のDCF-B版ではベンチレーション開口部を設けることで結露対策を継続している。
受注生産・2.5ヶ月待ちを維持していることも、品質への姿勢そのものだ。大量生産に移行することで待ち時間を短縮することはできるが、吉田はそれを選ばない。妥協のない生産工程が、Locus Gearのアイデンティティの一部になっている。
僕が唸った代表作
Khufu シリーズ:幾何学の結晶
Locus Gearを語るとき、避けて通れないのがKhufuだ。
名前はエジプトの大ピラミッドを建設したファラオ「クフ王」から来ている。シングルポール(130cm推奨)1本で成立するピラミッド構造は、設営の速さと信頼性の高さで、スルーハイカーから山岳ハイカーまで支持を集めている。
| モデル | 素材 | 重量 | 価格(税込) | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| Khufu HB | 15D シルナイロン | 440g | ¥38,000 | コストパフォーマンスと扱いやすさ。初めてのKhufuに |
| Khufu DCF-B | ボンディング DCF | 335g | ¥89,000 | シームレス構造・最軽量。シームシール不要 |
Khufu DCF-Bのスペックを具体的に書くと——267×160×130cm、2名まで収容、スタッフサック込み335g、YKK Aquaguardジッパー、9本のラインロックアジャスター。小型の山岳テントと比べてもほぼ同等の耐風性を持ちながら、床面積は圧倒的に広い。
さらに魅力的なオプションがDPTE(Dual Pole Tip Extender)だ。これを使うと、Khufuをシングルポール設営からデュアルポール(Aフレーム)設営に変換できる。中央にポールが立たないことで床面積が最大化され、2人で使う場合の快適性が劇的に変わる。アルミ製112g。カーボン版もある。
身長180cm以上のユーザー向けには「Grande」サイズが用意されており、シュラフが壁面に触れてしまう問題も解決している。
ULテントの素材選びについてはシルナイロン、シルポリ、DCF|ULテント生地を素材科学から選び直すが参考になる。また、軽さ・コスト・快適性の三択についてはULテント選びの三角形|Weight / Cost / Comfort、あなたはどの2つを取るかも合わせて読んでほしい。
Khufuへの評価は、日本国内にとどまらない。
モンタナ州を拠点に50年以上フィールドに立ち続けてきたベテランハイカーのYouTubeチャンネル「ShastaBubba Adventures」は、ULバックパッキングのギアと技術を真剣に扱うことで知られている。Durston X-MidやKakwa 40のレビューも手がけるこのチャンネルが、Khufuの長期使用レビューを公開している。北米のシビアな山域で何度もフィールドに持ち込んだ末の評価は、日本のガレージブランドが世界水準で通用していることの証左として読める。
▶ Locus Gear Khufu Long-Term Review — ShastaBubba Adventures(YouTube)
Djedi:シングルウォールドームの到達点
KhufuがLocus Gearの「顔」とすれば、Djediは「知性」を象徴する製品だ。
自立式ドーム構造は、ノンフリースタンディングのピラミッドが苦手とするハードシェルの土台を必要とする場面——岩稜帯、雪上、強風域——で強みを発揮する。Djedi DCF-Bは、DCFボンディング構造にベンチレーション開口部を加え、シングルウォールの凝縮結露問題に正面から向き合っている。
| 比較項目 | Khufu DCF-B | Djedi DCF-B |
|---|---|---|
| 構造 | ピラミッド(非自立) | ドーム(自立式) |
| ポール | 1本(130cm) | 2本クロス |
| 得意な地形 | 土・砂・草地 | 岩稜・雪上・強風域 |
| 結露対策 | ベンチレーション | 開口部強化 |
| シームレス | ◎(ボンディング) | ◎(ボンディング) |
素材選択の背景まで踏み込んで理解したい方はALUULAとは何か|DCF・Ultraの次に来た「剥がれにくいULバックパック生地」を完全解説も参考にしてほしい。DCFから次世代へ向かう素材進化の文脈を知ることで、Locus GearがDCFを選び続ける理由がより鮮明に見えてくる。
おわりに:相模原から生まれた「軌跡」は、まだ終わっていない
ULブランド探訪:Durston Gearを書いたときも、Trail Bumを書いたときも感じたことがある——傑出したULブランドには、必ず「解くべき問題が明確に見えていた」という共通点がある。
Locus Gearの場合、その問題は「日本に大型ULガレージメーカーが存在しないこと」だった。吉田丈太郎はそれを、コンピューターグラフィックスで培った数値思考と、幾何学への純粋な愛着で解いた。テントを作りながら、素材を売り、コミュニティを育てた。山と道の創業者が最初に素材を買いに行ったのが、Outdoor Material Martだったという事実ひとつをとっても、このブランドがいかに深く日本ULシーンの根に触れているかわかる。
僕がKhufuを手に入れたとして、それは単なるシェルターの購入ではない。2009年に相模原のブログから始まった「軌跡」の一点を、自分の旅に重ねることだ。ブランド名に込められた数学的概念——条件を満たす点が連続して描く線——は、Locus Gearが歩んできた17年間と、これから先の可能性の両方を指し示している。