- 1. はじめに:「軽ければそれでいい」という呪縛
- 2. 創業ストーリー:コンチネンタルディバイドを歩いた工業デザイナー
- 3. 設計思想:「HIKER TRASH」のための道具
- 4. 素材とアップデート:DCFに色を乗せる、という技術的挑戦
- 5. 僕が唸った代表作
- 6. おわりに:遊び心を、本気で追うということ
1. はじめに:「軽ければそれでいい」という呪縛
ウルトラライトを突き詰めるほど、ギアの色は消えていく。灰色、黒、カーキ。軽さを優先して素材を絞り込んだ結果、手元の道具が申し合わせたように地味な3色へ寄っていく——この現象には、たぶん多くのハイカーが心当たりがある。トレイルの集合写真を見ても、タープもスタッフサックも不思議と似通って、まるで全員が同じ制服を着ているようだ。
その没個性に、パッチを縫い付けたりマジックで絵を描いたりして抗う人たちがいる。道具に自分を映したいという欲求は、「軽ければいい」という正論だけでは消せないらしい。
High Tail Designs(ハイテールデザインズ) は、そのささやかな反抗を、正面から商品にしてしまったブランドだ。DCF(ダイニーマコンポジットファブリック)というUL界最高峰の素材に、フルカラーのアートを昇華プリントで焼き付ける。1グラムも犠牲にせず、色だけを取り戻す——一見すると両立しないこの注文を、本気で成立させにいっている。
2. 創業ストーリー:コンチネンタルディバイドを歩いた工業デザイナー
2017年。コナー・"ドス・エッグロールズ"・ブラウンはコンチネンタルディバイドトレイル(CDT)のロングトレイルを歩いていた。工業デザインの学位を持ち、縫製の経験もある彼は、トレイルで出会う人たちを興味深く観察していた。
気づいたのは、人々がギアに飽き飽きしているということだ。パフォーマンスは高い。でも、どれも似たようなルックス——地味で、ミリタリー的で、真剣すぎる。ハイカーたちはパッチを縫い付け、パックに絵を描いて、必死に「自分らしさ」を出そうとしていた。
「自分が使いたいと思える道具が、市場に存在しない」——そう確信したコナーは、2018年にバージニア州のアパラチア山脈南西部でHigh Tail Designsを立ち上げる。パートナーに選んだのは、昇華印刷(ダイサブリメーション)を数十年単位で実践してきた専門家チーム。インダストリアルデザインの知見と、印刷技術の組み合わせが、このブランドの核心になった。
ブランド名「High Tail」は、アメリカのスラングに由来する。"To hightail it"——「全速力で逃げる」「一目散に走る」。ウサギが逃げるとき尻尾を高く上げて走る様子から生まれた表現で、トレイルを疾走するハイカーのメタファーでもある。自由に、軽快に、自分のペースで。
3. 設計思想:「HIKER TRASH」のための道具
High Tail Designsのブランドフィロソフィーは、公式サイトに一言で書いてある。
"You're out there to have fun, why can't your gear reflect that?"(楽しみに来ているんでしょ。なぜギアはそれを反映できないの?)
「HIKER TRASH」というスラングがある。何週間もシャワーを浴びず、ひたすら歩くだけの変わり者たちへの愛称だ。High Tail Designsは、その言葉を誇りを持って引き受けている。彼らのギアはガチのスルーハイカーのために設計されている——軽く、丈夫で、そして人目を引く。
設計上の原則は明快だ。
重量は妥協しない。DCFとTX系のハイブリッド素材を主軸に据え、グラムゲームに参加できるスペックを維持する。フィジカルな性能で他のULブランドに劣るなら、見た目の個性は意味を失う。
縫製は手作業で、安全な環境で。大量生産をしない。受注生産(メイドトゥオーダー)を基本とし、ビルドタイムは製品によって9〜33日かかる。その分、品質への目配りが効く。
アーティストとの協働。コラボデザインの売上15%をアーティストに直接還元する。これはブランドが「自分たちだけで表現を独占しない」という意思表明でもある。
この三本柱が、ほかのULガレージブランドとHigh Tail Designsを分ける軸だ。性能と美しさは対立しない——そういう主張を、実際の製品で証明している。
4. 素材とアップデート:DCFに色を乗せる、という技術的挑戦
DCF(ダイニーマコンポジットファブリック)は、そもそも着色が難しい素材だ。通常の染色では色が乗らず、薄いフィルム構造ゆえに加工の選択肢が限られる。High Tail Designsが選んだのは昇華印刷(ダイサブリメーション)という手法。インクを気体に変えて素材に浸透させる技術で、フルカラーのグラフィックをDCFとTXファブリックに定着させることを可能にした。
昇華印刷自体は衣料業界では一般的な技術だが、これをUL素材に適用したのがHigh Tail Designsの技術的なコアだ。創業者コナーのパートナーチームが持つ「合計数十年の昇華プリント経験」がその土台にある。
主な素材
DCF(ダイニーマコンポジットファブリック):旧称キューベンファイバー。UHMWPE(超高分子量ポリエチレン)のテープを積層したフィルム状素材。防水性・耐摩耗性・引裂き強度を高い次元で両立する。UL界では最高峰の素材のひとつ。
TX50 / TX33:Txファミリーはダイニーマとポリエステルのハイブリッド。TX50は約50gsm、TX33は約33gsmの目付けで、それぞれ用途に応じてシームレスに使い分けられる。TX95はより厚手で摩耗しやすい箇所に。
Alpha Direct:ポーラテックのグリッドフリース。化繊インサレーションとして、Alpha Direct 60やAlpha Direct 90ラインのフーディーに使用。
タープの構造へのこだわり
High Tail DesignsのUltralightタープは、縫製をあえて排除したボンディング(接着)仕様。縫い目という弱点を作らず、テンションをシームレスに分散させる。タイアウトのパッチには、レーシングセイルで使われる扇形デザインを採用——荷重を広い面積に分散する原理だ。端辺と稜線はカテナリーカーブ(懸垂線)を描き、無駄なシワを生まずにテンションが均一にかかる。
小さいスタッフサックひとつにも、こういった技術的な意図がある。
5. 僕が唸った代表作
| 製品名 | カテゴリ | 素材 | 重量/容量 | 価格(USD) |
|---|---|---|---|---|
| The Ultralight Fanny Pack | ウエストバッグ | TX95/TX50 | 約62g / 2L | $53〜$76 |
| Fanny Pack v1.5 | ウエストバッグ | TX95 | 約62g / 2L | $44〜$48 |
| DCF Shopping Bag (M) | ショッピングバッグ/アタックパック | DCF | 約28〜34g | $47 |
| TX50 Stuff Sack (4.5L〜10L) | スタッフサック | TX50 | — | $40〜$59 |
| Ultralight Catenary Curve Tarp | タープ | DCF(ボンディング縫製) | 約198〜216g / 49sqft | $500 |
| Alpha Direct 90 Hoodie | インサレーション | Polartec Alpha Direct 90 | 約102g(Mサイズ) | $100〜$105 |
| Roll-Top Stuff Sack (Large 13L) | スタッフサック | TX50 | 約27g / 13L | $68〜$80 |
The Ultralight Fanny Pack — ULコミュニティで最も知られた顔
High Tail Designsの看板製品。TX95とTX50を組み合わせた本体は2Lの容量を持ちながら約62g。ウエストベルト・フロントポケット・メッシュサイドポケットのシンプル構造で、スナックや地図、スマホが手早く出し入れできる。
カラーバリエーションは驚異的で、30種以上のプリントが常時ラインナップされている。アーティストとのコラボ版は限定販売で、入手できないまま終わるものも多い。CDTの山並みを幾何学的に描いた「Low Poly」がベストセラーとして長く人気を保っている。
Amazon.co.jpでも複数の出品があり、国内での入手難易度は他のガレージブランドよりは低い。
DCF Shopping Bag — アタックパック兼、トレイルのエコバッグ
DCFで作られた超軽量ショッピングバッグは、テントサイトでのサプライバッグや山頂へのアタックパックとして使える。小・中・大の3サイズ展開で、素材の防水性がそのまま雨対策にもなる。
50種以上のプリントがあり、「どうせなら気分が上がるものを持ちたい」という需要を的確に満たす。重さは0.8〜1.2ozの間で、真剣なULギアとして機能する水準だ。
ムーンライトギアなど国内セレクトショップでも取り扱いがあり、国内入手のハードルは比較的低い。
Ultralight Catenary Curve Tarp — フラッグシップの構造美
$500という価格帯は、ガレージブランドのタープとしては高価な部類に入る。しかし構造を見ると、その理由に納得できる。縫い目をなくしたボンディング仕様、レーシングセイル由来の扇形タイアウトパッチ、カテナリーカーブのエッジ——それぞれが意味を持った設計判断だ。完成までに5〜12日かかる手作業の集積体。
49平方フィートの居住空間を、約198〜216gで実現する。ダークなプリントが施されたDCFの面には、機能性と審美性が同居している。
6. おわりに:遊び心を、本気で追うということ
High Tail Designsを知ったとき、最初の反応は正直「プリントで釣っているだけでは?」だった。でも調べれば調べるほど、その印象は覆っていく。
DCFへの昇華印刷という技術的な挑戦、ボンディング縫製のタープ、アーティストへの15%還元——どれも「本気でやっている」証拠だ。軽さへのこだわりと、見た目への投資は、このブランドにとって同じレベルの優先事項なのだと思う。
「ギアは機能だけでいい」という考え方も尊重する。でも、同じ重量で、もし鮮やかな色を纏えるなら——それを選ばない理由はない気がしてくる。
スルーハイカーが5ヶ月間眺め続ける自分のギアが、自分の気分を反映しているという体験。High Tail Designsはその価値を、最高性能の素材で作り上げている。HIKER TRASHという言葉への、ユーモアと誠実さを混ぜた最大の敬意として。