- 1. はじめに:世界最薄チタンと、「ティムティム」というスプーン
- 2. 跳び箱とライン引きの会社が、チタンに出会うまで
- 3. 0.2ミリという執念
- 4. チタンという第二の生
- 5. 尖りの、すぐ隣にある悪ふざけ
- 6. 僕のストーブまわりのエバニュー
- 7. おわりに:偏執と、悪ふざけ
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1. はじめに:世界最薄チタンと、「ティムティム」というスプーン
世界でいちばん薄い0.2mmのチタンカップを、25年ぶりの大革新として世に問う会社がある。その同じ会社が、同じカタログのなかで、「ティムティム」という名のスプーンと、「アフロ君」という名の金たわしを、真顔で売っている。エバニュー(EVERNEW)だ。
僕がこのブランドに惚れてやまないのは、まさにこの振れ幅だ。1グラムどころかコンマ数ミリを削る偏執と、思わず笑ってしまう悪ふざけが、同じ手から平然と出てくる。まじめの化身みたいな顔をして、しっかりふざけている。この二面性が、僕の道具箱のなかでいちばん愛おしい。
きっかけは、熊野古道で出会ったハイカーに勧められた一台のチタンストーブだった。でも、このブランドを本当に面白くしているのは、その硬派な道具のすぐ隣で、平気な顔でふざけている軽さのほうだ。
2. 跳び箱とライン引きの会社が、チタンに出会うまで
エバニューの創業は1924年(大正13年)、東京・蔵前。岩井新蔵が金属製の運動用具を扱う卸「増新商店」として始めた。商標「EVERNEW」が生まれたのは1933年。「いつも新しい何かを追い求める(ever new)」という社是そのものだ。1965年に社名を株式会社エバニューとし、跳び箱やライン引きといった学校体育の道具で地歩を固めた。運動会や体育の授業で、名前を意識せずにこのメーカーの製品に触れてきた人は多いはずだ。この堅実な本業は、今もこの会社の屋台骨の一つである。
体育用品という本業は、地味に見えて実は効いている。跳び箱やライン引き、鉄棒やハードルは、子どもが毎日ぶつかり、乱暴に扱っても壊れてはいけない道具だ。つまり「軽く・丈夫に・正確に」金属を加工する技術を、この会社は100年近く鍛え続けてきた。その蓄積が、のちにコンマ数ミリのチタン加工へまっすぐつながる。派手なアウトドアブランドとして生まれたのではなく、堅実なものづくりの延長線上に山道具がある。この順序が、エバニューの製品に漂う「飾らない信頼感」の出どころだ。
戦前の1940年には登山用コッヘルやランタンも作っていたから、アウトドア炊事具に足場はあった。しかし第二の人生を決定づけたのは、もっと後の1994年のチタンだった。跳び箱の会社が、なぜ世界の軽量ハイカーの相棒になったのか。その答えは、たった数百グラムどころか、1グラムを削る執念のなかにある。
3. 0.2ミリという執念
エバニューのものづくりを一言でいえば、「チタンを、どこまで薄くできるか」だ。チタンは軽くて丈夫で錆びないが、薄く均一に加工するのが難しい。エバニューはこれを新潟県燕市の金属加工技術で攻めた。金属洋食器の集積地として知られる燕の職人技が、g単位、いやコンマ数ミリ単位の軽量化を支えている。
主流は0.3mm厚。そして2025年春、ついに世界最薄0.2mmのチタンカップ(Apex Cup)を「25年ぶりの大革新」として世に出した。0.3mmに到達したのが2000年。そこから四半世紀、業界がとうに「これ以上は無理」と見なしていた壁を、100年目の老舗がもう一段だけ押し下げた。0.1mmの差はカタログ上わずかだが、チタンを均一に、破れず、歪みにくく薄く延ばすのは想像以上に難しい。ここに、体育用品で培った金属加工の地力と、燕の職人の手が効いてくる。
薄さは数字遊びではない。たとえば看板の「Ti 570 Cup」には160/330/450mlの目盛りが刻まれ、アルファ米やカップ麺リフィル、袋麺の戻し湯の量にそのまま対応する。ノンスティック塗装すら捨てて素のチタンにし、さらに軽くした。山で本当に必要な機能だけを、極限まで削って残す。飾り気はないが、使う人の手順を知り尽くした設計だ。足すのではなく、引く。その引き算に迷いがないのが、100年ぶんの自信なのだと思う。
4. チタンという第二の生
1924年創業の体育用品メーカーを、UL(ウルトラライト)文化の住人に変えたのは、間違いなくチタンだった。そしてその価値は、生まれた国よりも先に、海の向こうで火がついた。
火をつけたのは、アパラチアン・トレイルやCDTを何往復もする海外のロングトレイル・ハイカーたちだった。彼らにとって、装備は数千kmで消耗品になる。そのなかでチタンだけは、凹んでも歪んでも割れず、旅の最後まで機能を失わない。「チタンだから他のどの装備より長持ちする」。その一点で、彼らはエバニューのアルコールストーブやチタンポットを指名した。
とりわけ、あとで触れるTiアルコールストーブは、DIYで空き缶ストーブを自作するUL文化のなかで「完成された最終形」として扱われ、英語圏のフォーラムで長く語り継がれてきた。逆輸入的に評価が高まり、いまや英語圏のレビュー記事のほうが、国内公式サイトより製品解説が充実しているという逆転現象すら起きている。世界に静かに評価されているのに、国内の導線が追いついていない。そこは、このまじめなメーカーのもどかしさでもある。名指しされるのはいつも、アルコールストーブやポット、マグといった、シンプルで壊れようのない道具ばかりだ。凝った機構ではなく、素材と加工精度だけで戦う。その強みは、装備を極限まで絞る長距離の現場でこそ際立つ。
5. 尖りの、すぐ隣にある悪ふざけ
エバニューの本当に好きなところは、ここから先にある。世界最薄チタンを追う偏執の会社が、まったく同じ顔で、くだらない(最大級の褒め言葉だ)道具も作る。
看板のひとつが、超短スポークのTim2(ティムティム)。全長9.3cm、柄はわずか4.5cmと、大人サイズのボウルを保ったまま持ち手だけを極端に詰めた。しかも握りはハート型。名前も形も人を食っているのに、ULとしての理屈(クッカーにすとんと収まる短さと軽さ)はきちんと通っている。理にかなっているのに、佇まいがどこか間抜けで、使うたびに頬がゆるむ。100年の金属メーカーが、スプーンに真顔で「ティムティム」と名付ける。この胆力が、たまらない。
極めつけは、金たわしのアフロ君(EBY655)。アフロヘアのキャラクターをそのまま金属たわしにした、実勢440円の小物だ。世界に誇るチタン技術と、この人を食った脱力が、同じ会社の同じカタログに当たり前の顔で並ぶ。ほかにも一人用のミニテーブルや、肉をつまむ小さなトングなど、「本当に要る?」と「あったら楽しい」の境界を攻めてくる品が点在している。
この遊び心は、飾りではないと思う。100年やってきた老舗が、道具づくりをまだ心から楽しんでいる証拠だ。偏執だけの会社だったら、僕はここまで惚れなかった。
6. 僕のストーブまわりのエバニュー
Ti アルコールストーブ(EBY254)—— 34gの、勧められた一台
冒頭に書いた、熊野古道で勧められた一台がこれだ。重さはわずか34g。二重構造でプレヒートが短く、目盛り付きで、燃料30mlあれば湯400mlほどが沸く。掌に載るチタンの輪に火を入れると、青い炎が音もなく立ち上がる。ガスにはない静けさが、確かにここにはある。
正直に書くと、僕はまだこれを山で使い込んだとは言えない。だからこそ、性能を誇張せず、買う前に知っておくべき現実のほうを共有したい。アルコールストーブは燃費が良くないし、風に弱い。風防と燃料の計算は前提で、寒い時期や標高が上がると不利になる。そして日本では、火気の扱いや山小屋の事情から使える場所が限られる。「軽い・静か・壊れない」と引き換えに、運用の自由度はガスに劣る。万能の道具ではない。それでも、燃料が確実に手に入る区間をのんびり歩くとき、この34gと静かな炎を持っていきたくなる。その気持ちは、勧めてくれた人の言葉どおりだった。
ALC.Bottle w/Cup(EBY650)—— 持ち運びの悩みを、10gで解く
ストーブとセットで買い足したのが、この10gの燃料ボトルだ。買った理由ははっきりしている。燃料アルコールの持ち運びに困っていたからだ。漏れが怖い、量が測りにくい、ザックの中で邪魔になる。EBY650は、キャップが計量カップを兼ねる小さな工夫でその悩みを解く。30ml容量・10ml刻みの目盛りがあるので、ストーブに注ぐ量をそのまま量れる。地味だが、アルコール運用の「面倒くささ」を確実に一段下げてくれる一本だ。
Ti 570 Cup(ECA531)—— アルコールストーブの相方、ULクッカーの大本命
アルコールストーブに定番で組み合わされるのが、55gで570mlのチタンカップTi 570FDだ。海外UL界で「迷ったらこれ」と言われ続けてきた理由は、軽さと、戻し湯を量れる目盛りと、一生使える耐久の三拍子にある。弱点は、極薄ゆえに凹み・歪みに弱いこと。軽さの代償は、扱いの丁寧さで払う。
7. おわりに:偏執と、悪ふざけ
「ever new(いつも新しく)」を名に掲げた会社が、100年かけて0.2mmのチタンにたどり着いた。その執念だけでも十分すごい。でも僕がこのブランドを好きなのは、その隣に平気で「ティムティム」や「アフロ君」を置ける軽さがあるからだ。
尖りきった技術と、力の抜けた悪ふざけ。相反するはずの二つを、同じ手が同じ真顔で作っている。人から勧められて手に取った34gのストーブも、笑ってしまう440円の金たわしも、根っこは同じ「まだ楽しんでいる」老舗の産物だ。次はどんな尖りと、どんなふざけを見せてくれるのか。そこが、いちばん楽しみだ。