- テムレスが山で選ばれた理由|効いたのは保温ではなく「生地が水を抱えない」1点
- 夏の3,000mで確かめた|8月の南アルプス、暴風と霧雨の3日間
- No.281・No.283・No.282はどこが違うか|番号1つで、使える季節が変わる
- 透湿するのに中が濡れる理由|手のひらの汗は「暑いから」出るのではない
- −60℃という数字が保証していないもの|柔らかさと暖かさは別の話
- テムレスが破綻する5つの入口|手首・停滞・ロープ・サイズ・寿命
- どこまでが代わりで、どこからが別物か|温度の線と、濡れの線
- ショーワが自分で出した答え|TEMRES 02winter と 05overshell
- 重ねる前提で組む|インナーの素材とサイズ、そして「外したあと」の設計
- 線の外側に置く1組|−15℃と長い停滞のための保険
- まとめ:買っているのは保温ではなく、濡らせるという選択肢
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シリーズ累計2,600万双。ショーワグローブが2025年8月のプレスリリースで公表した、テムレスというポリウレタン手袋の出荷数だ。初代の発売は2005年。並ぶ用途は農業、漁業、清掃、物流で、登山用品店の棚ではない。
その作業用手袋が、いつのまにか山の定番になった。ホームセンターで700円から1,400円、色はブルーかオリーブグリーン(2025年からタグ付きの黒も加わった)。同じ売り場に並ぶ軍手の隣にあるものが、1万円を超える冬用グローブの代わりに使われている。
自分の場合は、順番が逆だった。台所の洗い物と庭の草取りでずっと使っていて、山で使われていると知ったのは後のことだ。驚きはしたが、腑に落ちるのも早かった。ゴム手袋のようには蒸れず、そうそう破れず、水に突っ込んでも中が濡れない。その3つは、もう手で知っていた。
この手袋は雪山の道具として語られることが多い。ところが効いている理由を辿ると、雪はほとんど関係がない。効いているのは、生地が水を抱えないという素材の性質のほうだ。だとすれば出番は冬に限らないはずで、実際、8月の南アルプスで3日間の雨に降られたとき、いちばん割に合った道具がこれだった。
気になるのは、どこまで本当に代わりになるのかという線引きのほうだ。「安いのに使える」で終わる話なら、700円から1,400円を払って試せばいい。困るのは、代わりにならない場面を知らないまま持っていったときで、手袋の失敗は取り返しがつきにくい。指先の感覚が鈍ってからでは、ザックを開けて予備を出す動作そのものができなくなる。
答えを決めているのは、値段でも評判でもない。ポリウレタンの膜1枚という構造が、どんな物理の上に立っているかだ。同じ膜が、ある場面でゴアテックスを上回り、別の場面では何の助けにもならない。順に見ていく。
テムレスが山で選ばれた理由|効いたのは保温ではなく「生地が水を抱えない」1点
この手袋が山の道具として語られるようになった理由は、ひとつしかない。そこを取り違えると、以降の判断が全部ずれる。
防寒テムレス No.282 の構成は、ショーワグローブの製品ページによればこうなっている。樹脂部はポリウレタン。繊維部はアウターがナイロンとポリウレタン、インナーがアクリルとポリエステル、ほか。この樹脂を手袋の全面にコーティングしたうえで、内側にボアタイプの起毛を貼ってある。
つまり構造としては、透湿するポリウレタンのオールコート手袋に毛を貼ったものだ。見た目も匂いもゴム手袋そのもので、雪山でのテムレスを追い続けている個人ブログ、神山オンラインもわざわざ「素材はゴムではなく、ポリウレタン」と注記しているほどだ。布に膜を挟んだ登山用グローブとは、組み立て方からして違う。
この違いが山で効くのは、手が水に触る場面だ。雪でも雨でも沢でも、条件は同じでいい。布や革でできた手袋は、繊維そのものが水を抱え込む。濡れた繊維は空気の層を失い、水は空気の20倍以上の速さで熱を運ぶから、濡れた瞬間から保温は坂道を転げ落ちる。テムレスは表面がポリウレタンの一枚膜なので、外側の生地が水を吸うという現象が起きない。びしょ濡れの雪をかき分けても、拭けば戻る。
その神山オンラインの記事には、遭難者を抱えてヘリコプターへ吊り上げる救助隊員の手に青い防寒テムレスが写った写真が載っている。深い雪をかき分けて道を作るラッセルや、雪洞掘り。「濡れた雪を延々と触る」作業で、この素材はゴアテックスの手袋より優位に立つ。逆に言えば、評価されたのは暖かさでも、蒸れなさでもない。生地が水を抱えないという、たった一点だ。ここが出発点になる。そしてこの性質は、起毛のあるなしに関わらず全型番に共通している。膜は季節を知らないので、水があればいつでも同じ働きをする。
夏の3,000mで確かめた|8月の南アルプス、暴風と霧雨の3日間
この性質が雪でしか効かないものなら、話は冬で終わる。実際には、真夏の稜線でも同じことが起きる。
2026年8月29日から31日、南アルプス南部を椹島から周回した。悪沢岳と赤石岳を回る2泊3日で、1日目と2日目は暴風と霧雨に降られ続けた。ウェアは前日から濡れたままで、朝それを着て出て、出て間もなくまた全部濡れた。
この山行で初めて山に持ち込んだのが、台所から持ち出したジャージテムレス No.283 だった。インナーグローブの上から重ねて、8月30日の4時27分に千枚小屋を出た。
結果として、行動中に手が冷え切ることがなかった。手首から先の防水は、これで足りている。防げなかったのは袖口から入る水のほうで、そこはレインジャケットの仕事になる。3日間で持っていったもののうち、傘とこの手袋が、いちばん割に合った道具だった。
夏なのに手が冷えるのか、と思うかもしれない。標高3,000mの気温は平地より18℃前後低く、そこへ暴風と、全身が濡れたままという条件が重なる。カレンダーの上では夏でも、手が置かれている環境は冬の低山とそう変わらない。手が冷えるかどうかを決めているのは季節ではなく、濡れと風だ。だからこの手袋の出番も、季節ではなく濡れで決まる。
逆に言えば、乾いた寒さには効かない。雨も雪も触らない冬晴れの稜線なら、生地が水を抱えないという取り柄は使われないまま終わる。そこで効くのは保温材の厚みのほうで、それはこの手袋がいちばん持っていないものだ。
No.281・No.283・No.282はどこが違うか|番号1つで、使える季節が変わる
テムレスには、見た目のよく似た型番が並んでいる。山に持っていく1組を選ぶなら、まず越える関門がここだ。
No.281 が素の「テムレス」。透湿防水のポリウレタンをコーティングした、裏起毛のない薄手のモデルで、実測は1双で52gという報告がある。1,000円を切る価格で買えて、畳めばポケットに収まる。
No.283 が「ジャージテムレス」。281 と同じ透湿防水のポリウレタンをコーティングした裏起毛なしのモデルで、違いは袖口にある。281 の切りっぱなしの袖口に対して、283 には黒いジャージ(ニットの編み地)の裾が付く。重さはほとんど変わらず、281 と比べて2gほどという報告がある。ショーワグローブの製品ページも防寒仕様とは書いていないので、足しているのは保温ではなく、手首のおさまりのほうだ。
この裾が何を防いでいるかは、正確に読んでおいたほうがいい。メーカーが挙げているのは「裾部分からの土やゴミなどの侵入」で、水とは書いていない。ニットは水を吸うので、袖口から入ってくる雨をここで止めることはできない。8月の稜線でもそのとおりで、手首から先は守られたが、袖口から入る水はレインジャケットに任せるしかなかった。
それでも、はめた瞬間の手首のおさまりは 281 と別物になる。雨で使う1組を選ぶなら、2gでここが決まるほうを取る理由はある。
No.282 が「防寒テムレス」。281 と同じ膜構造に、内側のボア裏起毛が加わったモデルで、重量はおおよそ1双160g前後。サイズはM・L・LL・3Lの4展開で、Lの寸法は全長27.5cm、手のひら周り24.5cm、中指の長さ7.8cm。
数字だけ見ると「起毛が付いて100g増えただけ」に見えるが、使う季節がまるで違う。281 は雨や沢、残雪期の水を触る行動のための手袋で、氷点下の稜線には保温の持ち駒がない。282 は氷点下を歩くための手袋で、逆に気温が高いと内側のボアが自分の汗で濡れ、しかもボアは一度濡れるとなかなか乾かない。
冬用のつもりで281や283を買うのも、春や夏の雨対策に282を買うのも、どちらも失敗する。番号の違いが季節の違いだと考えておくと間違えにくい。
| 型番 | 裏起毛 | 袖口 | 重量(1双) | 出番 |
|---|---|---|---|---|
| No.281 テムレス | なし | 切りっぱなし | 約52g | 雨・沢・残雪期。水を触る行動 |
| No.283 ジャージテムレス | なし | ジャージの裾(土・ゴミ用。防水ではない) | 281+2gほど | 281と同じ。手首のおさまりを取る場合 |
| No.282 防寒テムレス | ボア裏起毛あり | 切りっぱなし | 約160g | 氷点下を歩く行動。高温だと汗でボアが濡れる |
なお2025年8月には、282 にカフ(袖口を絞る筒)を足した No.284 防寒テムレス カフ が加わっている。同じLサイズで比べると、282 の全長27.5cmに対して284は32.5cm。手首から先へ5cm伸びた分がそのままカフだ。「手首から雪が入る」という弱点への、メーカー自身の回答にあたる。
透湿するのに中が濡れる理由|手のひらの汗は「暑いから」出るのではない
冬用グローブが内側からぐしょぐしょになる現象を、多くの人は「安物だから」だと思っている。実際には値段とあまり関係がない。原因は手そのものにある。
汗には2つの系統がある。体温が上がったときに全身から出る温熱性の汗と、緊張したときに手のひら・足の裏・脇から出る精神性の汗だ。鳥取県医師会の解説によれば、手のひらや足の裏のような毛のない部位は後者が主体で、頭・顔・体のような毛のある部位では前者が主体になる。つまり手のひらの汗は、寒くても出る。
そしてもう一段、面倒な性質がある。順天堂醫事雑誌に載った手掌の発汗の計測では、安静にしている間の発汗は環境温度の影響を受けなかったのに、課題を遂行している最中にははっきり増えた。急斜面のトラバース、鎖の掴み替え、アイゼンのベルトを締める数分。手が仕事をして、頭が緊張している場面ほど、手のひらは湿る。
だから冬のグローブは、外から濡らされる前に内側から濡れる。氷点下の稜線で「防水の手袋なのに中が水浸し」になるのは、防水が破れたのではなく、水の出どころが最初から内側だったという話だ。
では透湿膜が汗を逃がしてくれるかというと、ここも条件付きになる。透湿は膜の内外の水蒸気の差で駆動するので、汗が水蒸気でいるあいだしか運べない。手の発汗量が膜の処理速度を超えると、余った分は液体のまま中に溜まる。さらに外気が氷点下だと、膜を抜けた水蒸気が外側の面で凝結し、そのまま凍って通り道を塞ぐことがある。防水膜を使わない設計を売りにしている米国のグローブメーカー Free The Powder は、膜入りの手袋では「手は冷たく始まり、暖まり、汗をかき、また冷えて、そのまま冷たいまま」になると自社サイトに書いている。膜の否定がそのまま商売の立場である点は割り引くとしても、指しているのはここで見た現象そのものだ。
テムレスが山で支持されたのは、この構図のうち「外側の生地が水を吸わない」という一点で、布や革に対して明確に得をしているからだ。ただし透湿の上限からは逃げられない。実際、テムレスを長時間使うと内部が結露する、という指摘は複数の山岳メディアで共通している。登山・山スキーのメディアである山旅旅は、テムレスの透湿性をゴアテックスの10分の1程度と書いている。ただしショーワグローブは透湿度の数値を公表していない。つまり「テムレスは蒸れにくい」も「ゴアの10分の1」も、数字で確かめられる主張ではない。確かなのは、長く使えば中が湿るという報告が繰り返し出ていることのほうだ。
防水や透湿の数字が何を測っていて何を測っていないかについては、別の記事で試験規格の測定条件まで分解している。カタログの数字と現場のずれが気になるなら、こちらを先に読むと以降の判断が速い。
−60℃という数字が保証していないもの|柔らかさと暖かさは別の話
テムレスの紹介でほぼ必ず出てくるのが「マイナス60℃でも柔らかい」という一文だ。ショーワグローブの公式ページにも書かれている。
これを保温性能の話だと読むと、事故になる。公式ページがこの数字に添えている試験法は JIS K6404-3:2020 B法の低温落すい試験、つまり低温にした試験片に重りを落として割れるかどうかを見る試験だ。マイナス60℃が保証しているのは、ポリウレタンという樹脂がその温度域まで硬くならないこと。手袋が板のようにこわばって指が曲がらなくなる現象が起きない、という材料の性質でしかない。手が凍らないという意味ではまったくない。
証拠は同じ公式ページにある。ショーワグローブは注意事項として、防寒手袋ではあるが冷気を完全に遮断する機能はない、と明記している。メーカー自身が保温を売りにしていないのだ。
低温で硬くならないという性質そのものは、冬山では地味に効く。凍った革のグローブでバックルを摘まもうとして指が言うことを聞かない、という状況が起きにくい。ただしそれは操作性の話であって、保温の話に翻訳してはいけない。ここを混ぜたまま「マイナス60℃対応の手袋を1,400円で買った」と考えると、期待値が実力から2桁ずれる。
山と溪谷オンラインが雪山グローブ6モデルを、皮膚表面温度の計測まで含めて比べたテストがある。アウトドア向けの TEMRES 02winter は、防水性★5、操作性★4、そして保温性★1・防風性★1。ただし防水性は6モデル全部が★5なので、そこで抜けたわけではない。他の5モデルと防水では並んだうえで、保温と防風だけが独りで底に落ちた、という読み方が正しい。皮膚表面温度を測った結果として「保温性は低いと言わざるを得なかった」と書かれている。この形は、上で見た材料の性質とそのまま整合する。
テムレスが破綻する5つの入口|手首・停滞・ロープ・サイズ・寿命
「代わりになるか」を判断するには、壊れ方を先に知っておくほうが早い。報告が繰り返し集まる弱点は、だいたい5か所に集約できる。
| 破綻する入口 | 何が起きるか | 対処 |
|---|---|---|
| 手首の開口 | No.281・No.282 は袖口を絞れない。転倒や深いラッセルで雪が入り、282は内側のボアが濡れる。No.283 のジャージ裾は手首のおさまりと土・ゴミには効くが、ニットなので水は止めない | 袖口を絞れる No.284(Lで全長32.5cm、282より5cm長い)や TEMRES 02winter に替える。282のまま行くなら、アウターの袖を上からかぶせるか、腕カバーで手首を塞ぐ |
| 停滞時の冷え | 行動中は保つのに、立ち止まると指先から冷えが上がる。発熱が止まると薄いボアでは足りない | 休憩用の保温グローブを別に持つ。行動用と停滞用を分ける |
| ロープ・支点の操作 | スベリ止めの樹脂が確保器の中に指を引き込む可能性がある、として使用を禁じた山小屋がある | ビレイなど、動くロープを制動する行動では使わない |
| サイズと指の長さ | 作業手袋の型なので指が短め。インナーを入れると窮屈になり、締めつけで血流が落ちる | インナーを重ねる前提で1サイズ上げる。ただし公式寸法ではM→Lで中指は7.8cmのまま。伸びるのは手のひら周りだけ |
| 素材の寿命 | ポリウレタンは加水分解で経年劣化する。尖ったものに弱く、穴が開けば浸水する | 消耗品として扱う。安さは買い替え前提とセットで意味を持つ |
3番目は性格を取り違えやすい。テムレスの掌にある粒状のスベリ止めは、濡れた岩や雪を掴むためにはよくできている。公式が特長に挙げているのも「高いスベリ止め効果」で、神山オンラインの書き手は「ピッケルのリーシュに手首をスムーズに出し入れしにくいほど表面のグリップ力が強い」と書いている。問題は、その食いつきの良さが器具に対しても働くことだ。
八ヶ岳の赤岳鉱泉は、人工氷壁アイスキャンディでビレイ(登る人のロープを繰り出したり止めたりする確保作業)を行う際のテムレス使用を、施設として禁止している。理由は2つ。滑り止めの樹脂がビレイデバイスの中に指を引き込む可能性があること。そして滑り止めが効きすぎて、円滑なロープ操作ができないこと。ショーワグローブ自身も使用上の注意に「回転体を伴う作業(ボール盤・面取り盤等)には使用しないでください。手が巻き込まれるおそれがあります」(ショーワグローブ 製品ページ)と書いている。名指しされているのは機械の回転部だが、食いつく素材が動く物に持っていかれるという理屈は同じだ。なお同じ告知は、登攀する側の使用は構わないとも書いている。危ないのはロープを制動する側で、掴む側ではない。
最後の寿命は、素材の宿命に近い。ポリウレタンは空気中の水分と反応して分子の鎖が切れていく。加水分解と呼ばれる劣化で、使わずに仕舞っておいても進む。湿気の多い物置に何年も置いた1組は、山に持ち出す前に指先を引っ張ってベタつきと硬さを確かめておく。膜に穴が開いた時点でこの手袋の取り柄は終わりで、繕う方法もない。
なお、内側のボアが乾きにくいことへの対処として、ボアライナーを切り離して着脱式にしてしまうカスタマイズが登山者のあいだで共有されてきた。連泊で乾かす時間が取れない状況では、インナーだけ抜いて寝袋の中で乾かせるほうが確実だからだ。裏起毛を切り離す改造がここまで広まったという事実そのものが、防寒テムレスの完成度がどこで足りていないかを指している。
どこまでが代わりで、どこからが別物か|温度の線と、濡れの線
ここまでの性質を重ねると、境目の位置が見えてくる。ただし線をどこに置くかは、報告する人によってはっきりずれる。
先に引いた神山オンラインの書き手は、自分の上限を「気温マイナス10℃、風速10mまではこれでいけます」と書いている。ただし同じ記事で「私はあまり手汗をかかないほうです」とも断っている。手のひらの汗が緊張と作業で立ち上がる以上、汗の出方が変われば同じ気温でも結果は変わる。
もう一方の記録は、もっと辛い。厳冬期の山にカフ付きの TEMRES 02winter を持ち込んだ登山者は、0℃からマイナス5℃くらいがもっとも快適、マイナス10℃を下回ると行動中は問題ないが立ち止まると指先から冷えてくる、マイナス15℃では使用は厳しい、と刻んだうえで、「テムレスメインの登山は危険」と結んでいる。昼に気温が0℃近くまで上がる山での予備としてなら良い、という立場だ。
この2つは、同じ道具について逆を向いている。そして注意したいのは、辛いほうの評価を出したのが手首を絞れるモデルだということだ。袖口が開いたままの No.282 は、この目盛りより手前で不利になる。だから上限を−10℃と読むにしても、そこは「まだ持つ」ではなく「そろそろ限界」の側に置いておくほうがいい。
温度だけで決めないのが大事なところだ。もう1本の軸は「手で何をするか」で、こちらは温度に関係なく効く。ビレイのように動くロープを制動する操作が入る行動では、気温が0℃でも選択肢から外れる。
この2軸を重ねると、答えはこうなる。0℃から−10℃くらいまでの、歩いて雪を触る行動なら、防寒テムレスは1万円級の冬用グローブの代わりになる。むしろ濡れた雪を延々と扱う場面では上を行く。−15℃前後から下、長い停滞、ロープを制動する行動では代わりにならない。
この線は、日本の冬山のかなりの部分を含んでいる。八ヶ岳や北八ヶ岳の樹林帯、残雪期の稜線、雪の積もった低山、テント場での設営と撤収。逆に含まないのは、厳冬期の高所での長い停滞と、技術的な要素の入る登攀だ。¥1,400で買えるのは「冬用グローブ」ではなく、「この帯域で濡らしても損しない自由」だ。
ここまでは 282 の話、つまり温度で引く線だ。裏起毛のない 281 と 283 には、この目盛りがそもそも当てはまらない。氷点下で使う道具ではないからだ。こちらを決めるのは温度ではなく、その日に手が濡れるかどうかになる。
雨予報の稜線、沢沿いの登り、残雪のトラバース、雨の中の設営と撤収。手が水に触り続ける時間が長いほど、この2つは効く。逆に、乾いた一日なら持っていく理由は薄い。50g台なので保険として放り込んでおく判断は成り立つが、「涼しいから」「軽いから」で常用する道具ではない。濡れない日には、何の取り柄も発動しない。
この見分け方はそのまま季節をまたぐ。8月の3,000mでも、2月の樹林帯でも、問いは同じだ。今日、手は濡れるか。濡れるなら、その水は雪か雨か。氷点下かどうか。この3つが決まれば、281・283・282のどれを入れるかは自動的に決まる。
3シーズンのグローブを防風・グリップ・スマホ操作・防滴の4軸で比べた記事もあるので、冬に入る手前の1組を探しているならそちらが近い。
ショーワが自分で出した答え|TEMRES 02winter と 05overshell
面白いのは、ここまで挙げてきた弱点のほとんどに、メーカー自身が製品で応えていることだ。
始まりは2018年12月、青とオリーブグリーンしかなかった防寒テムレスに黒(282-01)が加わったところだった。翌2019年9月、ショーワグローブはテムレスをアウトドア・スポーツ向けのブランドとして立て直し、TEMRES 01winter と 02winter を出す。01winter が防寒テムレスをアウトドア仕様に整えたモデル、02winter がそれにカフとドローコードを足したモデルにあたる。手首から雪が入るという弱点への回答が、この時点で製品になっている。
2020年には裏起毛を持たない 03advance と 04advance が加わり、その後、手のひら周りを大きく取ったオーバーシェル型の 05overshell が出た。裏起毛を切り離してインナーを自由に選びたい、というコミュニティの改造を、そのままラインナップとして引き受けた形だ。05overshell のLLサイズは、実測でおよそ85g/双という報告がある。ボアがないぶん軽く、乾きも速い。
通常ラインの側も止まってはいない。No.283 のジャージ裾は、手首のおさまりという同じ弱点に、作業用手袋の枠内で出した答えにあたる。そして2025年8月、そこにカフ付きの No.284 が加わった。同じ年の10月には、登山家の山田淳氏との共同開発による TEMRES TFmitten が出ている。3本指のミトンで、インナーは着脱式。プレスリリースには、既存シリーズに寄せられていた課題として、厳冬期にはさらなる保温力が要ること、洗濯時に乾きにくいこと、ドローコードが短くて手首での固定にも脱いだときの紛失防止にも足りないこと、左右が判別しにくいことの4つが挙げられている。ここまで並べてきた弱点と、ほとんど同じ顔ぶれだ。
だから「作業用手袋を山で使っていいのか」という問いには、半分だけメーカーが答えを出している。登山用途を想定した製品は、テムレスというブランドの中にすでにある。一方で、No.281 と No.282 は今も作業用手袋として売られていて、製品ページの用途欄は農業・漁業・清掃・物流・建築で、登山は入っていない。ショーワグローブ自身はプレスリリースで「登山、釣りなどのアウトドアシーンまで」と書いているので、山で使うことを否定してはいない。ただ、登山を想定した性能を製品ページで約束してもいない。約束されているのは、冷気を完全には遮断しないこと、回転体を伴う作業には使わないこと。この2つを読んだうえで持っていく道具だ。
重ねる前提で組む|インナーの素材とサイズ、そして「外したあと」の設計
テムレスは、どの型番でも1組で完結させないほうが素直だ。厳冬期に 282 を持ち込んだ報告のほとんどはインナーグローブとの併用を前提にしているし、8月の稜線で 283 を使ったときも、下にインナーグローブを1枚入れていた。理由は型番によらず同じで、この手袋は自分では暖かさを作らないからだ。
インナーに使う素材は、ウールを選ぶ理由がはっきりしている。ウールの繊維は水分を抱えても繊維の内部に取り込むので、表面が湿っていない状態を保ちやすく、濡れた状態でも保温がゼロにならない。テムレス側は水を吸わないので、汗の行き先はインナーだけになる。乾かす対象を1枚に集中させておくと、テント場での復旧が速い。
サイズはインナーの厚みを足した状態で決める。ただし「1サイズ上げる」の中身は、公式の寸法表を見ると素直ではない。No.282 の中指の長さは M も L も7.8cmで変わらず、LL でようやく8.3cmになる。M から L へ上げて増えるのは手のひら周りの3cmだけだ。インナーで太くなった手を収めたいなら L で足りるが、指先が突き当たる感じを消したいなら LL まで上げないと変わらない。
締めつけを避けるのは、暖かさに直結するからでもある。手が冷えるのは保温材が薄いからだと思われがちだが、指が動かなくなる場面の多くは血流が細っている。手袋の中で指が押されていると末梢まで温かい血が届かず、外側にどれだけ毛を貼っても意味がなくなる。インナーグローブを足して逆に寒くなったなら、まずサイズを疑う。指の股に生地が余る感じが出ても、締めつけて血流を止めるよりはましだ。
そしてもう1つ、忘れられがちな設計がある。外したあとをどうするかだ。No.282 にはカフもドローコードもカラビナホールもないので、脱いだ瞬間から手袋は身体につながっていない。カフのあるモデルにはドローコードが付くが、その短さは「脱いだ際の紛失防止のために繋ぎ留めておくことができない」とメーカー自身が課題に挙げた項目だ。強風の稜線で1枚を飛ばして追えない、という事故はグローブ全般で起きるが、繋ぎ留める手段が最初から無い分だけ、この手袋は自分で塞ぐしかない。ザックのショルダーにコードで結ぶなり、ポケットの位置を固定するなり、外す前に決めておく。
行動中の汗を減らすほうから手を打つ考え方については、夏の装備を汗の処理から組み直した記録が近い。手だけの問題に見えて、実は上半身の換気とつながっている。
線の外側に置く1組|−15℃と長い停滞のための保険
では、線の外側は誰が引き受けるのか。
必要になるのは、保温材が厚く、カフで手首を封じられて、ロープや金物を扱っても指を持っていかれない手袋だ。たとえばブラックダイヤモンドのソロイストは、防水膜に加えて PrimaLoft の中綿を入れたライナーを持ち、そのライナーが抜ける。掌はゴート革、袖まで届く長いカフ付き。公称重量は1双261g。防寒テムレスのおよそ1.6倍の重さと、15倍近い値段になる。
この価格差は、性能差というより役割の差だと考えたほうがいい。テムレスが背負っているのは「濡れる場面で消耗品として使い倒す」役で、厚手の冬用グローブが背負っているのは「動きが止まっても手を守る」役だ。前者に後者を求めると保温が足りず、後者に前者を求めると濡らすのが惜しくなって手が縮こまる。抜けるライナーというのは、テムレスの使い手が裏起毛を切り離してまで手に入れようとしたものでもある。2万円の手袋は、そこに最初から金を払っている。
現実的な組み方としては、行動中は防寒テムレス、停滞と悪天時は厚手の1組、そのあいだをウールのインナーで橋渡しする、という3枚構成になる。上に挙げた3点だと合計およそ2万5,800円。厚手の1組だけを買うより5,000円ほど高い。安く上がる買い方ではない。
それでもこの組み方に意味があるとすれば、雪を掴む役と手を守る役を別々の道具に分けられることのほうだ。1組で両方を背負わせると、濡らすのが惜しくて手が縮こまるか、汗で濡れて保温が落ちるかのどちらかになる。逆に、歩く山が0℃から−10℃の樹林帯と低山に収まっているなら、¥1,400とウールのインナーの2枚で足りる。厚手の1組は、その線の外へ出る予定ができてから買えばいい。
まとめ:買っているのは保温ではなく、濡らせるという選択肢
テムレスが効くのは、寒いからではない。濡れるからだ。水を吸わないポリウレタンの膜は、濡れる場面で強くて、保温を稼ぐ場面で弱い。だから出番を決めているのは季節ではなく、その日に手が水に触るかどうかになる。8月の3,000mで効いたのも、雪山で選ばれてきたのも、同じ一点の裏返しでしかない。
そのうえで、型番は季節で割れる。裏起毛のない No.281 と No.283 は、雨・沢・残雪のための手袋で、氷点下には保温の持ち駒がない。ボアの入った No.282 が氷点下を歩くための手袋で、こちらには温度の目盛りが要る。歩いて雪を触る行動なら0℃から−10℃くらいまでが代わりになる範囲で、−15℃前後から下、長い停滞、ロープを制動する行動では代わりにならない。
混ぜてはいけない数字が1つある。マイナス60℃は柔らかさの保証であって、暖かさの保証ではない。メーカー自身が、冷気を遮断する機能はないと書いている。ここを取り違えなければ、失敗の大半は避けられる。
線の内側にいるかぎり、この手袋がもたらす一番大きな変化は、たぶん手の暖かさではない。700円から1,400円だから、濡らすのが怖くなくなる。濡れた岩を素手同然に掴めて、雨の中でテントを畳めて、駄目にしても買い直せばいい。高い手袋を守るために手を引っ込めていた時間が、そのまま行動に戻ってくる。代わりになる、というのはそういう意味だ。買っているのは保温ではなく、濡らせるという選択肢のほうだ。