
去年の10月のとある週末。
有給休暇を1日くっつけて、南アルプスの白峰三山をテント泊で縦走することに決めてました!!!
数週間前から準備を進め、天気予報のチェック等を入念に行っていましたが、登山あるあるで、数日前から天気が怪しくなってきました。
当時確認していた天気予報は、「てんきとくらす(てんくら)」「登山天気」「山天気」「Windy」の4つです。
行こうとしていた初日の予報は、サービスによってかなり明確に分かれていました。
具体的には「登山天気」「Windy」「山天気」は雨と強い風という非常に悪い予報。一方で「てんくら」についてはA判定となっていました。

ご承知の通り、てんくらは具体的な気象図などをサイト上では表示せず、あくまで登山指数という形で表示されます。
今から思えば完全に見たいものを見ていたとしか言いようがないのですが、当時の自分としては「てんくらでA判定を出しているなら、まぁ行ってみよう!」と。そういった形で白峰三山への挑戦を決めてしまったわけです。
牙を剥く稜線:全方位からの爆風と霧雨

甲府駅で前泊し、早朝のバスで登山口である広河原へ向かいました。
甲府駅ではそれほど降っていなかったものの、広河原山荘に到着した時点でもう雨はザーザー降りの状態になっていました。
ただ、雨の中での行動が初めてというわけではなかったので、普通にレインウェアを着て、ザックにもカバーをかけてスタートしました。




状況が一変したのは、草すべりを経て稜線に出てからです。

途中まではザーザー降りだった雨が、稜線では猛烈な風を伴う爆風へと変わり、爆風と霧雨が「ありとあらゆる方向から」吹き付けてくる過酷な状態に陥りました。
視界は霧がかかったように真っ白で、ただただ苦行のような歩みが続きます。

あらゆる方向から吹き付ける霧雨はウェアの中にまで入り込み、体が芯から冷えてきました。
風はまさに爆風としか言いようのない強さで、時折、周りの方のザックカバーが飛ばされていくのを何回も目にしました。
肩の小屋での異変:身体機能と判断力の低下
北岳肩の小屋を目指してひたすら行動していましたが、しばらく爆風と霧雨に耐えているうちに、手がかじかんできたのを自覚しました。
山登りをしていて、ここまで手がかじかむ感覚に襲われたのは初めてです。
防水手袋の中にインナーグローブをしていましたが、爆風と霧雨の勢いが凄まじかったことに加え、防水グローブの性能自体が落ちていてすぐに浸水し、吹き付ける風によってさらに冷却される状態が続いていたのが原因でした。

「このままでは行動できなくなるのではないか」という気がしながらも、やっとの思いで北岳肩の小屋に到着しました。

バックパックを下ろすと、なんと自分のザックカバーも風に飛ばされ、なくなっていました。
手のかじかみはかなり強く、「もしかして救助を呼ばないといけない可能性もあるかな」と強い不安に襲われましたが、一旦ご飯を食べて落ち着こうと、名物の鍋焼きうどんを注文しました。
小屋の食堂スペースも風が吹き込み、かなり寒い状態でした。
オーダーしたうどんが来て一口食べた瞬間、生まれて初めて、体調が悪すぎて吐きそうになるという体験をしました。
これは、体芯が冷え切ったことで、生命維持のために血液が中心臓器に集まり、胃腸など消化器官への血流が著しく低下した結果、身体が食物を拒絶したという生理的な反応だったようです。
本当に自分の体調はまずいのだと思いましたが、まともに食事をしないことには行動も続けられないと感じ、頑張って食べました。

今から思えば完全に判断力がおかしくなってたとしか言えないのですが、その時点でまだ白峰三山を縦走する気は全く消えておらず、行動を中止しようという考えは頭に全く思い浮かびませんでした。
直前まで「レスキューを呼ばなきゃいけないかも」と思っていたのに、それでも中止しようと思わない。。。
今思い返すと、不思議でおかしくてたまらない、馬鹿だなと感じてしまいます。

北岳山荘への進行:限界を超える風
食事をしたことが影響したのか、手のかじかみはそのタイミングからほとんどなくなりました。
継続するというマインドのまま、肩の小屋から北岳山頂、そしてその向こうの北岳山荘のテント場を目指して行動を再開します。
爆風と霧雨は全く収まらず、寒くて景色も見えない惨めな山行でしたが、山頂の看板の写真を撮り、先の北岳山荘へ進みました。


道中、爆風はさらに厳しさを増し、目の前で飛ばされてしまうザックカバーの数も増えていました。
自分も誰かのカバーを拾って前の人に届けるようなことをしながら、ひたすら苦行を継続しました。
ようやく北岳山荘に到着。その日の中で一番風が強い状態でした。
「こんな状態でテントを張っても大丈夫かな」と気にするほどの強風です。
小屋の方が「ここなら建物の裏側だから、まだ風の影響を受けにくいと思うよ」と親身に場所を探してアドバイスしてくださり、そこに張ることにしました。

ポール折損のメカニズムと不眠のビバーク
テントを設営しようとバックパックを開けると、浸水しまくっており、内部はかなりのものがずぶ濡れになっていました。
不幸中の幸いで、ダウン系の防寒着は防水のスタッフサックに入れていたため無事でしたが、状況の過酷さを物語っていました。
ただ結局、その日は風があまりにも強すぎて、小屋の方が探してくれたベストな場所であっても関係ないほどの凄まじい風でした。
山の神々が私のテントを全方位からトランポリン代わりにしている、、、という絵が思い浮かぶほど、激しい揺れに苦しめられます。
当時使っていたテントポールのショックコード(中のゴム)が緩んでいる箇所がいくつかありました。
強風でテントが上に引っ張られると、その緩んでいる関節が外れ、テントが形を維持できなくなる事態が何回も発生します。
そのたびに外れた箇所を直すという作業を夕方から夜まで繰り返しました。
夜には雨はほとんど止みましたが、爆風は相変わらずで、ひたすらテントの中で耐える辛い時間でした。
真夜中を少し過ぎた頃、それまでと全く違う、覆い被さるようなテントの崩れ方をしてしまいました。
おかしいと思い様子を見に行くと、なんとテントのポールが強風で完全に折れており、その鋭い鉄の断面が、テントのインナーとフライシートを完全に突き破ってしまっていたのです。
ショックコードが緩んでいるとポールの継ぎ目が奥まで完全に差し込まれず「遊び」が生じ、そこに強風の曲げ応力が集中した結果、金属が耐えきれずに引き裂かれるように折損したのです。オーマイガー。

テントに居る限界を感じ、山小屋に泊めてもらえないか相談に行こうとしましたが、時間も時間だったため誰も出てくれませんでした。
かといって、この状況で無断で山小屋内で寝るのもどうかと思い、避難は断念しました。
さて、テントは自立できない状態です。
そこで、かつて何かの本で「テントが壊れても、何かしらの形で居室スペースさえ作れば断熱ができる」と読んだことを思い出しました。
テントの中で三角座りをし、持っていたトレッキングポールを胸の前で交差するように立てて、テントの布を突っ張る状態にしました。 濡れた生地が体に直接密着すると、熱伝導によって急激に体温が奪われますが、ポールを使って物理的に生地を引き剥がし、頭上にわずかでも空気の層(デッドエア)を作れば体温低下を防げます。
もう仕方ない、これで朝まで耐えようと覚悟を決めました。
まさに苦行でした。
朝4時までじっと三角座りのまま、風がすごいので力強く押さえていなければテントは自立しません。
一睡もせず耐える地獄の一晩です。
不思議なもので、テントが壊れてからしばらくの間、「明日は間ノ岳へ行こうか、向こうのテント泊はどうしようか」などと考えていました。
判断力が極度に低下していた証拠です。
一方でラッキーだったのは、夜以降は雨が降らず、気温もそこまで下がらなかったこと。
もし雨が降り続いてあの爆風が吹いていたなら、間違いなくタダでは済まなかったでしょう。想像するだけで恐ろしいです。

朝4時になり、天気の回復を期待しましたが全く良くなりません。
ウェア類が全く濡れた状態のまま行動を開始することになりました。
天候の回復は見込めず、再び稜線で昨日のような爆風霧雨に遭うことを極度に恐れた自分は、地図を見て、稜線沿いと平行して走る巻き道があることに気づきました。
そして、そこから「八本歯のコル」を経由すれば広河原に降りられることを発見しました。
当初の計画とは違いましたが、そちらのルートから下山しようと決めて行動を開始しました。
狙い通り、稜線沿いの道と比べて風は弱く、「この選択で良かった」と思いながら進んでいきました。
しかし、途中の分岐で巨大な岩場を下っていくシチュエーションに直面します。
地図上ではその先にルートが続いているはずなのですが、巨大な岩だらけで、どこが正解のルートなのか全く判別がつきません。
辺りはまだ暗い状態でした。
このまま進んでも道に迷う可能性がかなり高く、もし転倒などのアクシデントが起きた場合、人があまり通らない不明瞭なルートを今のコンディションで1人で進むのは、あまりにもリスクが高すぎると判断しました。
そのため、せっかく爆風を避けて巻き道を進んできたのですが、やはりまた稜線まで登り返し、北岳山頂から草すべりを経て広河原まで下山する道を泣く泣く選択しました。
ただ、この引き返しの判断自体は、とても冷静によくできたと今となっては思っています。
というのも、自分は極度の方向音痴です。
あのまま強行していたら、完全に道に迷ったり、1人でアクシデントに見舞われた時に対応しきれなかった可能性が高いからです。
強い風が吹き付ける中、北岳を登り返して草すべりを経て広河原まで無事に戻りました。
悔しいことにこの日は来た時、山頂を通過したあたりから、天候も回復し、素晴らしい景色が見られることも多かったです。複雑な気持ちでした。


ただただ反省、そしてマイルール
この山行では個人的にいろいろな失敗がありました。
それまでの登山の心がけや登山のギアなど、一旦すべてをアップデートしていく必要があると強く感じました。
それまでの登山を楽しんできた自分は1回そこで死んだとすら思っています。
と言うのも、自分はトレイルランニングの世界から2016、17年頃に山登りにヌルッと入りました。
テント泊の本を読んで勉強してはいたものの、知識が古くなっていたし、ギアの手入れの重要性なども軽視していました。
テントのゴムが緩んだままというのは明らかに間違っています。
また、夏山であっても稜線上で強い風と雨が組み合わさった時にどれほど恐ろしいことになるか、本では読んでいても認識が甘かったのです。
それまで猛烈な雨に降られた経験はありましたが、爆風との組み合わせを経験したのはこの時が初めてでした。
過去の雨天行動の経験が、かえって事態を過小評価する要因になっていたとおもいます。

これらを教訓に、少なくとも天気予報については明確なマイルールを設定しました。
今後は複数の予報サービスを細かく見極め、もし予報が割れている場合には「多数決で決める」ことを徹底します。
そもそも冷静に考えれば、日本アルプスのような環境において、悪天候で登山を楽しめるわけがありません。
天気が悪い場合には、潔く計画を見送る。この原則を厳守します。
「悪天候の日本アルプスよりも、天気の良い高尾山の方が良い」
過去に目にした誰かの投稿ですが、極限状態を味わった今の自分には、この言葉にとても深く共感できます。
その後ありとあらゆることを学び直してる最中。
山に入るたびにPDCAを回して、登山者としての自分を少しでもレベルアップできるよう知識をつけるように日々インプットしています。
このおバカな体験記が山好きな誰かの参考になれば幸いです。
また、コメントでみなさんの似た体験をシェアしてもらえたらとても嬉しいです。