- 2025年に1,297件:リチウムイオン電池火災が3年で倍増した背景
- 消防車が来られない場所での発火が意味すること:堀山の家全焼と山小屋の構造的脆弱性
- 山という環境がリチウム電池の発火リスクを高める3つの理由
- 双六小屋グループが示した「現実解」:禁止だけでなく代替も用意した
- 準固体電池モバイルバッテリー:電解質をゲルにすることで何が変わるか
- 耐火バッテリーケース:「万全ではない」を前提に使う防炎備品
- 充電需要そのものを減らす:ガーミン・節電設定・ソーラーの組み合わせ
- まとめ:「持ち込んでいいか」より先に問うこと
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2026年1月、塔ノ岳の中腹にある「堀山の家」が全焼した。鎮火まで5日かかった。消防車は入れない。山林への延焼は1.1ヘクタール。周囲の登山道は1月17日まで通行止めになった。
山小屋での火災は、これほど手がつけられない。
同じ2026年の春、北アルプスの双六小屋グループ(双六小屋・黒部五郎小舎・鏡平山荘・わさび平小屋の4施設)が苦渋の決断を下した。宿泊者のモバイルバッテリー小屋内持ち込みを全面禁止する、と。背景にあるのは堀山の家とは別の問題——近年急増するリチウムイオン電池の発火事故だ。
SNSはすぐに割れた。「縦走でバッテリーなしは現実的じゃない」「警察も予備電源の携行を勧めている」。一方「木造で消防車が来られない山小屋での発火はシャレにならない」「やむを得ない」。
どちらの声も正しい。ただ感情的な是非論より先に整理すべき事実がある。なぜモバイルバッテリーは燃えるのか。山という環境がリスクをどう変えるのか。そして登山者には今、どんな選択肢があるのか。
2025年に1,297件:リチウムイオン電池火災が3年で倍増した背景
総務省消防庁の資料によると、2025年のリチウムイオン電池関連火災は1,297件。2022年の601件から3年で2倍以上に増えた。2023年が739件、2024年が982件と右肩上がりの推移だ。
原因の一端はモバイルバッテリーの普及そのものにある。スマートフォンが地図アプリ、天気確認、緊急連絡、YAMAPやヤマレコのGPSログと複数の役割を担う今、登山者の大半がモバイルバッテリーをザックに入れている。便利さと普及率が上がるほど、発火の絶対数も増える。
問題は市場に低品質な製品が混在していることだ。PSE(電気用品安全法)マークのない製品、極端に安価な無名品、膨張した古いバッテリーをそのまま使い続けているケース。1,297件の背後には、こうした「粗雑な管理」の積み重ねがある。
消防車が来られない場所での発火が意味すること:堀山の家全焼と山小屋の構造的脆弱性
堀山の家の全焼は象徴的な事例だが、本質は「山小屋という環境の特殊性」だ。
双六小屋グループのオーナー・小池岳彦氏が指摘するのはまさにその点だ。「消防車も入れない特殊な場所」「木造建築が多く水も貴重」「部屋で発火し布団に燃え移った場合のことを考えると、小屋内への持ち込みは禁止とさせていただくという苦渋の決断」と語っている。
山小屋での発火が街中と根本的に異なる理由を整理する:
- 木造建築:燃え広がるスピードが速い
- 消防車の進入不可:初期消火の手段が極めて限られる
- 水の乏しさ:大量放水ができない
- 避難先は屋外のみ:標高2,000m超では低体温症のリスクが即座に発生する
- 周囲の道が閉鎖される:登山道が通行止めになれば、他の登山者・地域全体への影響も生じる
「発火が万一起きたら」を前提に考えると、山小屋側の判断に正当性があることがわかる。
山という環境がリチウム電池の発火リスクを高める3つの理由
製品評価技術基盤機構(NITE、独立行政法人)はリチウムイオン電池の熱暴走の主な原因として、外部からの衝撃・高温による劣化・製造不良による内部ショートの3つを挙げる。
登山という環境は、このうち前2つを日常的に引き起こす。
衝撃:岩場での転倒、ストック操作の振動、急坂での荷重移動。ザックの中では緩衝なしに「ドン」とぶつかる。バッテリーをザック雨蓋やサイドポケットに入れたまま岩にもたれれば、内部電極が変形する可能性がある。
高温:晴天下のザック雨蓋やサイドポケットの内部温度は、夏場に60℃を超えることがある。リチウムイオン電池の推奨保管温度は概ね0〜45℃。それを大幅に超える環境に継続的にさらせば、電解液の劣化が加速する。
濡れ:突然の降雨でずぶ濡れになったバッテリーに、水分が内部に侵入するリスクがある。
NITEが「買い替えを検討すべき兆候」として挙げるのは以下の5つだ:
- 充電がすぐ切れるようになった
- 充電時に以前より著しく発熱する
- 本体が膨らんでいる
- 強い衝撃によりケースが損傷した
- 水に濡れた
特に3の「膨張」は緊急度が高い。内部でガスが発生し始めているサインで、熱暴走の手前の状態だ。今すぐザックの中を確認してほしい。 膨らんだバッテリーがあるなら、処分一択だ。
双六小屋グループが示した「現実解」:禁止だけでなく代替も用意した
双六小屋グループの対応を正確に読むと、単純な禁止令ではないことがわかる。
- 禁止:モバイルバッテリーの小屋内持ち込み
- 対応:玄関付近に保管用ロッカーを設置(充電・給電は不可)
- 継続可能:PSEマーク付き製品+メーカー指定充電ケーブルでの直接充電(小屋設置コンセントを使用、自分の目の届く範囲でのみ)
「スマートフォンやヘッドランプは小屋内で充電できる。ただしモバイルバッテリー経由は不可」という整理だ。スマホを小屋のコンセントに直接繋ぐ充電は引き続き無料で可能とされている。
充電管理の自由度は下がるが、完全な充電封鎖ではない。「バッテリーを使い切ったスマホを夜間に充電する」という最低限の行為は許容されている。
今後、同様の規制が他の山小屋に広がる可能性は否定できない。双六小屋が最初に動いた事実の重みを、登山者は認識しておく必要がある。
準固体電池モバイルバッテリー:電解質をゲルにすることで何が変わるか
バッテリーの安全性問題を正面から解こうとする技術として、準固体電池(半固体電池とも呼ばれる)が注目されている。
通常のリチウムイオン電池は「液体の電解質」を使う。この液体が揮発性・可燃性であることが熱暴走と発火の根本原因だ。衝撃や高熱によって電池内部の温度が上昇すると、電解液が気化して可燃性ガスになり、内圧が高まって爆発的な発火に至る。
準固体電池は電解質をゲル状にすることで、この連鎖を断ち切る設計だ。液体成分が大幅に減るため:
- 可燃性ガスが発生しにくい
- 液漏れが起きない
- 衝撃を受けても熱暴走に至りにくい
- 充放電サイクルが長い(約2000回、従来品の約4倍)
「完全固体電池」(電解質を完全に固体化する)と比べると安全性は一段落ちるが、製造コストと実用性のバランスで現時点では最も現実的な選択肢だ。
日本メーカーが手がける製品を2つ紹介する。
HIDISC 準固体モバイルバッテリー HD4-SSMBTC30W10DSBK
- 容量:10,000mAh
- 出力:最大PD30W(急速充電対応)
- 重量:220g
- 充放電回数:約2,000回
- 機内持ち込み可
- PSE適合
- 価格:¥4,460〜
磁気研究所(HIDISC)が2025年夏に発売した準固体電池採用モデル。10,000mAhで220gは登山用途として許容できるサイズ感だ。PD30Wの急速充電に対応しており、小屋の直接コンセント充電で本体を素早く満充電にしてから翌日に備える使い方もできる。価格帯が抑えられており、準固体電池の入門として手を出しやすい。

オウルテック 準固体電池モバイルバッテリー OWL-LPB10025MG
- 容量:10,000mAh
- 出力:最大PD30W(急速充電対応)
- 重量:216g
- マグネット式ワイヤレス充電対応(Qi2/MagSafe)
- PSE適合
- 価格:¥5,860〜
「家電批評2026年2月号 BESTBUY 第1位」を受賞。ワイヤレス充電対応はテント内でのケーブルレス充電に使えるが、山岳環境では有線充電の確実性の方が重要で、ワイヤレスは補助的に考えた方がいい。重量は216gとHIDISCと同等レベル。価格はやや上がるが、ブランドの知名度と保証(1.5年)を重視するならこちら。
耐火バッテリーケース:「万全ではない」を前提に使う防炎備品
耐火素材のバッテリーケースは、発火時の被害拡大を「遅らせる」ためのギアだ。NITEは「延焼を遅らせる効果は期待できるものの、発火防止や消火を完全に保証するものではない」と明示している。「万全の対策」ではなく「万一の際の被害軽減」として位置づけるべき製品だ。
テント内でモバイルバッテリーを使う場面、ビバーク時、小屋のロッカーに預ける際の安心感として実用価値がある。
サンワダイレクト 耐火バッグ Mサイズ 200-BAGINFP2SV
- サイズ:W27×H15cm(20,000mAhクラスを3本収納可能)
- 素材:4層構造(シリコン加工ガラス繊維 / ガラス繊維 / 難燃ファスナー / 難燃テープ)
- 撥水加工あり
- 価格:¥2,480
シリコン加工ガラス繊維を最外層に使った4層構造で、発火時の延焼速度を下げる設計だ。価格が2,480円と手頃で、既存のバッテリーへの対策として導入しやすい。Sサイズ(W19×H13.5cm、¥2,180)は10,000mAh以下の小型バッテリー向け。ただし「入れていれば大丈夫」という発想は危険で、劣化バッテリーや低品質品をケースに入れることで安心感だけが先走るリスクに注意したい。
充電需要そのものを減らす:ガーミン・節電設定・ソーラーの組み合わせ
準固体電池や耐火ケースに投資する前に、充電需要そのものを減らすアプローチも検討に値する。
GPSデバイスとの役割分担:スマートフォンをGPSログ機器として使い続けると消費電力がかさむ。ガーミンやスント等の専用GPSウォッチ(内蔵電池で50時間以上持つモデルも多い)と役割分担することで、スマホ消費を劇的に下げられる。地図はスマホ、ログはガーミンという運用は縦走者の間で定着している。
節電設定の徹底:機内モード+低電力モードの組み合わせでスマホ消費を通常の1/3〜1/2程度まで抑えられる。山では電話もSNSも不要なシーンが大半で、必要な時だけオンラインに切り替える運用で十分だ。
ソーラーパネル:縦走日数が長い場合、軽量ソーラーパネルとの組み合わせが有効になる。2〜3泊程度ならモバイルバッテリーで十分だが、5日以上の行程でコンセントに頼れない状況ではソーラーが現実解になる。ただし稜線上の直射日光が前提であり、樹林帯や曇天続きでは発電量がほぼゼロになることを念頭に置く。
まとめ:「持ち込んでいいか」より先に問うこと
双六小屋の禁止令に「不便だ」と感じる気持ちはわかる。小屋泊縦走でモバイルバッテリーなしの5日間は、現代の登山者には本当にきつい。
ただ今回の一件が問いかけているのは、登山者のバッテリー管理意識だ。膨らんだバッテリーをザックに入れている人、PSEマークを確認したことがない人、4年前に買った格安品をまだ使っている人——。1,297件の発火事故の多くは、こうした「無管理の積み重ね」の上に起きている。
準固体電池バッテリーを選ぶ。耐火ケースを導入する。古いバッテリーを処分する。どれも複雑な話ではない。規制の是非を論じる前に、自分のギアを一度点検する。それが今できる最初の一手だ。
双六小屋の決断は苦渋だったと思う。だがその苦渋は、「山小屋はまだこれだけ脆弱だ」という現実を、登山者にわかりやすく見せてくれた。

