山道具ラボ

by Daringdaddy #山で使う道具の話 #軽さと快適さのあいだ #買う前に知りたかったこと

モンベルはなぜゴアテックスを降りたのか|自社素材「スーパー ドライテック」への転換2026と、無孔質親水膜という賭け

※本記事にはアフィリエイト広告のリンクが含まれています。紹介リンク経由でのご購入により、当サイトは手数料を受け取ることがあります。

登山用品店のモンベルの棚で、ここ1〜2年で起きていた静かな異変に気づいた人はどれくらいいるだろう。これまで主力レインウェアのタグに当たり前のように刷られていた「GORE-TEX」の文字が減り、代わりに見慣れない「スーパー ドライテック」という自社素材名が、バーサライトにもトレントフライヤーにも並ぶようになった。

防水透湿素材の世界で、ゴアテックスは40年間ほぼ無敵の王者だった。その看板を、創業50周年を迎えた国産最大手が主力モデルから外し、自社開発の素材に賭けた——といっても、ゴアテックスを全部捨てたわけではない(この点は後述する)。それでも、これは小さな仕様変更ではなく、「何を信じて雨に立ち向かうか」の作り手側の答えが変わったという事件だ。なぜ主力をそこまで移したのか。スーパー ドライテックとは何なのか。そして僕たちは、結局どちらを選べばいいのか。

モンベル トレントフライヤージャケット(スーパー ドライテック)
スーパー ドライテックを採用するトレントフライヤー ジャケット。画像引用: モンベル公式

そもそもゴアテックスとは何だったのか——多孔質という王道

話を始める前に、王者の正体を確認しておく。

ゴアテックスの心臓部は、延伸PTFE(ポリテトラフルオロエチレン、いわゆるフッ素樹脂)でできた薄い膜だ。この膜には1平方センチあたり数十億という無数の微細な孔が空いている。孔の大きさが絶妙で、液体の水滴(雨)は通さないが、それより小さい水蒸気分子(汗)は通り抜ける。物理的な「ふるい」で防水と透湿を両立する——これが多孔質メンブレンの原理だ。

確かな防水、確かな透湿、そして長年の実績。ゴアテックスは「とりあえずこれを選んでおけば間違いない」という信頼の代名詞だった。だからこそ、モンベルがそこから主力を移したことに意味がある。

山道具ラボのニュースレター
週1回・月曜朝。新着記事のまとめと、買う前に知りたかったギアの話。
無料で登録する →

スーパー ドライテックの正体——孔のない、水を吸う膜

モンベルが主力レインに据えたスーパー ドライテックは、ゴアテックスとはそもそも水蒸気を通す原理が違う

スーパー ドライテックのメンブレンはポリウレタン系で、一般に無孔質(孔が空いていない)の親水性タイプと説明される。ただしモンベル自身は膜の微細構造までは公表しておらず、「無孔質親水」という説明はメーカー資料や素材の系譜にもとづく一般的な理解で、公式の断定ではない。いずれにせよ、孔で水蒸気を通すのではなく、膜そのものが内側の水分(汗)を分子レベルで吸収し、膜内を拡散させ、外側で気化させて放出する——とされる。「孔を通す」のではなく「膜が水を運ぶ」。化学的な吸湿・拡散で透湿を担うタイプだ。

孔に頼らない、という一点が効いてくる。

孔に頼らない設計が手に入れた3つのもの

①極限まで薄く、軽くできる

孔の構造を維持する必要がないぶん、膜を極限まで薄くできる。これがモンベルのレインが異様に軽い理由の核心だ。バーサライトは表地7デニール・3層でわずか143g、トレントフライヤーでも15デニール・186g。多孔質膜では到達しづらい薄さと軽さを、無孔質という選択が可能にしている。

②透湿の数値は高い——ただし「測定法」という但し書きつき

スーパー ドライテックの上位素材の透湿性は50,000g/m²・24hrs(JIS L-1099 B-1法・参考値)と公称され、同社が使うゴアテックスの20,000g/m²・24hrsをカタログ上は大きく上回る。

ただし、こここそ冷静に読みたい。この種の透湿数値は規定の測定法(B-1法など)での参考値で、測定条件によって出方が変わり、実際の山での体感とそのまま一致するわけではない。とくに親水膜は測定法によって数字が高く出やすい性質がある。さらに50,000はあくまで上位素材の値で、標準的なドライテックは8,000〜20,000g/m²と、ゴアテックスと並ぶ〜やや下の帯に収まる。だから「数値が大きい=常に蒸れない」ではなく、「カタログ上の透湿は高く設計している。ただし体感は使う条件しだい」という距離感で見るのが正しい。スペック表の大きい数字に飛びつくのは、いちばんやってはいけない読み方だ。

③皮脂や汚れで目詰まりしにくい

多孔質膜の弱点は、皮脂・汗・汚れが微細な孔を塞ぐと透湿が落ちること。親水・無孔質タイプなら塞がれる孔への依存が小さいぶん、理屈のうえでは目詰まりによる透湿低下に強いと言える。とはいえ表地の撥水が落ちれば結局は性能が出ないので、ここは「弱点がひとつ少ない」程度に受け取っておきたい。

トレードオフ——無孔質親水膜の弱点という余白

ここまで読むと「ならゴアテックスより全面的に上では」と思えるが、物性にはトレードオフがある。断言ではなく、原理から導ける性質として書いておく。

  • 低温・乾燥時に透湿が落ちやすい:親水膜は「内側の湿った空気と外側の乾いた空気の差」を駆動力に水を運ぶ。気温が低く外気が乾いている厳冬期ほど、この拡散の駆動力は理論上働きにくくなる。高温多湿で汗をかく場面で本領を発揮するタイプ、という整理ができる。
  • ポリウレタン系膜の経年劣化:PU系の防水膜は、長期的には加水分解(湿気と反応して分解する現象)の宿命を抱えるとされる。ただしモンベルのドライテック系PUラミネート自体は20年以上使われてきた実績素材で、「PUだから脆い」と短絡はできない。新しいのはあくまで高透湿化した"スーパー"版で、その超長期の耐久がPTFE膜と同じ土俵で語れるかは、これからの使用実績を待つ部分が大きい——という距離感だ。

つまりスーパー ドライテックは「高温多湿の日本の夏・梅雨・行動量の多い登山」に最適化した賭けだと読める。日本の山の気候を考えれば、これは理にかなった割り切りでもある。

撥水(DWR)は、どの素材を選んでも別問題

ひとつ誤解しないでおきたいのは、無孔質だろうと多孔質だろうと、表地の撥水加工(DWR)が落ちればウェットアウトして透湿は止まるということ。メンブレンの原理が何であれ、表地が水を含めば内外の条件は崩れる。

だから素材論と同じくらい、買ったあとのケアが効く。表地が濡れを弾かなくなったときの蘇らせ方は、レインウェアの撥水を洗濯・熱処理・回復剤で戻す手順に書いた。新素材に乗り換えても、ここを怠れば宝の持ち腐れになる。

ラインナップ再編:主力は自社素材、ゴアテックスも併売

2025〜2026年にかけて、モンベルの主力レインは軒並みスーパー ドライテックへ移行した。代表的なのが次の2着だ。

mont-bell / モンベル
バーサライト ジャケット(7デニール・143g・最軽量級)
mont-bell / モンベル
トレントフライヤー ジャケット(15デニール・186g・軽さと耐久のあいだ)

興味深いのは価格の逆転だ。より軽く構造のシンプルなバーサライト(約¥24,200)が、ポケットを備えるトレントフライヤー(約¥23,200)よりやや高い。7デニールという極薄素材を安定して織り・防水加工する難度が、軽さの対価として価格に表れている。「軽い=シンプル=安い」が通用しない、UL素材のリアルがここにある(各モデルの中身はバーサライト単体の深掘りで詳述する)。

なお、モンベルはゴアテックスを捨てたわけではない。ゴアテックス採用モデルは別系統として併売を続けており、多孔質膜の特性を求める登山者の選択肢も残されている。「主力を自社素材に、ゴアテックスは選べる上位選択肢に」という二段構えが、いまのモンベルの布陣だ。

なぜ、いま自社素材なのか——3つの読み筋

モンベルが公式に全理由を語っているわけではないが、業界の文脈から読める動機は3つある。

  1. コストと主権:ゴアテックスは素材供給・縫製仕様・タグ表記までライセンサーの管理が厳しいと言われる。自社素材なら設計の自由度も価格主導権も握れる。スーパー ドライテックの主力モデルが2万円台前半に収まるのは、その表れと読める。
  2. PFAS規制への対応:有機フッ素化合物(PFAS)への国際的な規制強化が進むなか、フッ素樹脂(PTFE)に依存しない素材体系を自社で持つことは、長期的なリスク回避になる。
  3. 50周年の技術的自立:創業50年の節目で、主力カテゴリを他社の看板ではなく自社の技術名で語る——ブランドとしての自立の宣言という側面もある。

結局、どちらを選ぶか——気候と用途で割り切る

  • 高温多湿の日本の夏・梅雨、行動量の多い縦走やファストパッキング:透湿と軽さで有利なスーパー ドライテック(バーサライト/トレントフライヤー等)が噛み合う。汗をかく場面でこそ親水膜は働き、数値以上に快適を感じやすい層だ。
  • 厳冬期・低温乾燥下、長期にわたる酷使、実績への安心料:多孔質ゴアテックスの低温時の安定や、PTFE膜の長期耐久実績を取るのも合理的。ゴアテックス併売モデルの出番。逆に、冬がメインなのにカタログ透湿の大きさだけで選ぶと、体感が伴わず肩透かしを食らいやすい——ここが最大の落とし穴だ。
  • どちらの素材でも共通:表地の撥水ケアを怠れば性能は出ない。素材選びと同じ重みで撥水回復の手順を習慣にする。

付け加えると、ゴアテックスの側も止まっているわけではない。フッ素樹脂を使わないePEメンブレンへの移行やPFASフリー化が進んでおり、「ゴア=旧態、自社素材=最新」という単純な図式はもう正確ではない。両者とも、別々の原理で同じゴール(軽く・蒸れず・濡らさない)を追い続けている。

そして、モンベル以外も含めて梅雨の1着を横断で比べたいなら、国内外レインシェルを6軸で並べた比較が地図になる。ゴアテックスePEへの移行も含めた2026年の防水素材事情を、各ブランド横断で確認できる。

まとめ:王者を降りた選択を、自分の山で測る

モンベルがゴアテックスを主力から外したのは、敗北ではなく「日本の山の気候に最適化した別の正解」を自前で持つという賭けだ。無孔質親水膜は、高温多湿で汗をかく場面では数値以上に快適で、軽さでも先を行く。一方で低温乾燥や超長期耐久には未知数の余白がある。

スペック表の「透湿50,000」という数字に飛びつく前に、自分が雨に打たれるのはどんな山か——汗ばむ夏の樹林帯なのか、凍える冬の稜線なのか——を一度問い直す。王者を降りた選択が自分に合うかどうかは、最後はそこで決まる。

山の花の名前を覚えたくて、写真クイズのiPhoneアプリをつくりました