- こむら返りは“電解質不足”とは限らない|いま有力なのは“筋疲労で神経が暴走する”説
- マグネシウムは効くのか|コクランの答えは“予防効果は期待薄”、それでも飲む意味がある人
- 塩と電解質はどこまで効くか|“大量発汗型”に絞れば理にかなう
- 加齢で増えるのは気のせいじゃない|運動ニューロンの衰えと、飲んでいる薬
- 攣った瞬間にどう止めるか|“攣った筋を伸ばす”が最短、そして酢の裏ワザ
- 芍薬甘草湯という速効薬と、その代償|頓用ならいい、毎晩はダメな理由
- 結局いちばん効くのは“攣らせない体の使い方”|下りの負荷とコンディショニング
- まとめ:あなたのこむら返りは、どのタイプか|通説に飛びつく前に
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下山の途中、あるいは夜、テントで寝返りをうった拍子に、ふくらはぎがピキッと硬直する。長い下りの後半なら、太ももに来ることもある。あの脂汗の出る痛みを味わう回数が、四十を過ぎてから明らかに増えた。
「マグネシウムがいい」「塩分をとれ」。よく聞く手はいくつもある。僕が実際にやってきたのは塩のほうで、行動中に塩分タブレットをなめ、夏は粉末の経口補水を持つ。それでも、効いている手応えは薄い。そして研究の裏づけをたどると、この通説そのものが思っていたよりずっと弱かった。
よく挙がる手を、効く条件と根拠の強さで仕分けていく。急いでいる人のために、先に答えを置いておく。
こむら返りは“電解質不足”とは限らない|いま有力なのは“筋疲労で神経が暴走する”説
こむら返り(医学的には筋痙攣と呼ぶ)の原因として長く信じられてきたのが、「脱水・電解質喪失説」だ。汗でナトリウムやミネラルを失うと筋肉が過敏になって痙攣する、という筋書きで、猛暑の建設現場で働く労働者が食塩水で痙攣を減らせたという、1930年代の古い観察が原点になっている。
ところが、近年のスポーツ医学ではこの説だけでは説明がつかないとされるようになった。代わって有力になってきたのが「神経筋制御の異常」説だ。ざっくり言えば、犯人は電解質ではなく“筋疲労”だという見方である。
理屈はこうだ。疲れた筋肉では、筋の伸び具合を感じるセンサー(筋紡錘)が興奮しやすくなり、逆に「張りすぎ」を抑えるブレーキ役(腱にあるゴルジ腱器官)が効きにくくなる。アクセルが踏みっぱなしで、ブレーキが緩む。結果、筋肉を動かす神経(運動ニューロン)が暴走し、勝手にギューッと縮み続ける。これがこむら返りだ、という説明だ。
状況証拠は多い。マラソンやトライアスロンの選手を前向きに追った複数の研究で、痙攣した人としなかった人のあいだに、血中ナトリウムや水分状態の差は見つからなかった。しかもこむら返りは、全身ではなく“その日いちばん酷使した筋肉”だけに起こる。全身の電解質が足りないなら、なぜそこだけが攣るのか、という話になる。
ただし、これで決着したわけではない。長時間行動の終盤、全員が疲労しているのに攣るのは一部の人だけ——疲労だけでも説明しきれない。こむら返りは多因子で、単一の犯人はまだ特定されていない。それが今のところの答えだ。
原因が「電解質不足」の一本槍でないなら、電解質やサプリを足すだけでは防ぎきれない。では何が、どんな条件で効くのか。よく挙がる手を、根拠の強さで並べておく。
| 打ち手 | 研究の裏づけ | 効く条件・限界 |
|---|---|---|
| 攣った筋を伸ばす | 強い(機序+実験) | 止めるための手。予防にはならない |
| 就寝前のストレッチ | 中くらい(試験は割れる) | 夜の攣りで数字が出ている。登山中は未検証 |
| 疲労を減らす(ペース・下りの歩き方・脚づくり) | 中くらい(機序は有力) | 数週間かかる。直前では間に合わない |
| 芍薬甘草湯 | 弱〜中(速効の評判は臨床ベース) | 頓用のみ。連用は副作用。飲めない人がいる |
| 塩分・電解質の補給 | 弱い(予防効果は未証明) | 大量発汗型に限れば理にかなう。狙いは脱水対策 |
| マグネシウムのサプリ | 弱い(加齢性で差なし) | 不足を埋める栄養補助まで。攣りへの効果は不明 |
以降は、よく信じられている順に見ていく。マグネシウムと塩から始めて、加齢と薬、攣った瞬間の止め方、そして最後に、この表でいちばん上に来た手へ戻ってくる。
マグネシウムは効くのか|コクランの答えは“予防効果は期待薄”、それでも飲む意味がある人
こむら返りといえばマグネシウム、というくらい定着した図式がある。筋肉の収縮と弛緩にマグネシウムが関わるのは本当だ。だから「足りないと攣る、補えば防げる」という理屈は、一見もっともらしい。
だが、ここがいちばん裏切られるところだ。マグネシウム補給の効果を検証したコクラン・レビュー(2020年)の結論はそっけない。対象は11試験735人、うち加齢などによる特発性のこむら返りを見たのは5試験271人だ。加齢に伴う一般的なこむら返りに対して、マグネシウムのサプリが臨床的に意味のある予防効果をもたらす可能性は低い。高齢者を対象にした試験をまとめると、痙攣の回数はプラセボと比べて週あたりマイナス0.18回。統計的には差がない、という水準だった。
しかも、登山のような運動中のこむら返りに絞ると、そもそも質の高い試験が一本もない。「効く」とも「効かない」とも言えない、エビデンスの空白地帯だ。
ここで「でも本当に足りていない人には効くはずだ」と言いたくなる。僕も一度そう考えた。ところがその肝心な比較——マグネシウムが不足している人に絞って効果を見た試験——が、まだ行われていない。 効くかもしれないし、効かないかもしれない。分からない、が現在地だ。利尿薬を常用している、下痢が続いた、食事が偏っている、といった不足しやすい事情がある人は、補う理屈自体は立つ。ただ「攣りが止まる」保証は、そこにもない。
数字で見ておくと、マグネシウムの推奨量は成人男性で1日あたりおよそ370mg。日本人の平均摂取量はこれを1〜2割ほど下回っていて、市販サプリの含有量は1日分で175mg前後。つまりサプリは「不足を埋める」規模ではあっても、「攣りを止める薬」の規模ではない。 月に500円ほどで栄養の底上げをする買い物、と割り切るなら悪くない。攣りが消える切り札として期待すると、たぶん裏切られる。飲んで下痢っぽくなる人がいる点も、頭の隅に置いておくといい。
なお日本の市販品には純粋なマグネシウム単体がほとんどなく、実際にはカルシウムとの複合品を選ぶことになる。これは製品事情であって、こむら返り対策としてカルシウムが要るからではない。よく見る「カルシウムとマグネシウムは2対1で」という比率も、メーカーの配合方針で、国の摂取基準が定めた推奨比ではない。
行動中に“補給しながら”マグネシウムも、という発想なら、マグネシウム入りのエナジージェルもある。トレイルランナーに定番のMag-onなどだ。ジェルそのものの選び方は終盤にバテない行動食・エナジージェルの選び方で詳しく書いた。
塩と電解質はどこまで効くか|“大量発汗型”に絞れば理にかなう
では塩分・電解質はどうか。ここも、通説と研究のあいだにズレがある。
前向き研究で「脱水や血中電解質と痙攣は関連しない」と繰り返し報告されている以上、「汗で塩が抜けたから攣る、塩を足せば防げる」という単純な図式は、万人には当てはまらない。 僕が塩分タブレットに感じてきた“手応えの薄さ”も、おそらくこれだ。
ただし、ここに例外がある。汗の量が極端に多く、しかも汗に含まれる塩分が濃い“大量発汗型”の人。こういう人では、電解質が痙攣に絡んでいる可能性が指摘されている。実験でも、ただの水より、ナトリウムを含む経口補水のほうが、痙攣の起きにくさという点ではやや有利だった。
自分がそのタイプかは、見て分かる。下山後、帽子のつばやシャツに白い粉が残る。黒いウェアに白い跡が浮く。汗が目に入ると刺すように痛い。汗をかいた肌をなめると塩辛い。 これが揃うなら、汗で失う塩の量は多いほうだと考えていい。
そして、その大量発汗型にこそ効く無料の打ち手がある。暑熱順化だ。暑さに体を慣らすと、汗をかき始めるのが早くなる一方で、汗に含まれるナトリウムの濃度は下がる。同じ量の汗をかいても、失う塩が減るということだ。サプリを買う話ではなく、2週間かけて体をつくる話になる。梅雨明けの晴れ間がいちばん危ないのはなぜかで、その仕組みと2週間の組み立て方を書いた。
電解質補給の立ち位置は、こうだ。こむら返りの“予防薬”としての効果は証明されていない。でも、大量に汗をかく夏山では、脱水と熱中症を防ぐ意味で理にかなっている。 攣りを直接止めなくても、脱水そのものが疲労を早め、間接的に攣りやすさを底上げするからだ。どれだけ汗をかき、どこで何を補うか——その全体設計は発汗量から逆算する夏山の水分・電解質計画にまとめている。
僕自身は、夏の長い行動では塩分タブレットと、粉末の経口補水を一袋ザックに入れている。攣りが止まるお守りというより、バテと熱中症の保険としてだ。真水しか持たない日より、汗をかいた後の戻りが軽い気はする——これは体感なので、割り引いて聞いてほしい。
行動中に噛める“電解質+ミネラル”という意味では、トレイルランナーに定番の2RUN(梅丹本舗)もある。カルシウムとマグネシウムを2対1で、ナトリウム・カリウムも足したタブレットで、水なしで噛める。Amazonでは品薄のことが多いが、楽天では見つかる。水そのものの運び方は歩きながら飲めるハイドレーションリザーバーの回でも触れている。
加齢で増えるのは気のせいじゃない|運動ニューロンの衰えと、飲んでいる薬
「歳のせい」で片づけたくはないが、こむら返りに関しては、加齢は本当に効いてくる。夜のこむら返りは、50歳以上でおよそ3人に1人、65歳以上では半数が経験するという報告がある(調査によってばらつきは大きい)。四十を過ぎて回数が増えた僕の実感は、気のせいではなかったわけだ。
なぜ増えるのか。いちばん確からしいのは、筋肉そのものと、それを動かす神経の“配線”が歳とともに減っていくことだ。加齢では、脚を支配する運動ニューロン(筋肉に指令を送る神経細胞)が少しずつ脱落し、残った神経が受け持つ筋肉を増やして帳尻を合わせる。この“再配線”された神経筋のつながりは、興奮しやすく暴発しやすいと考えられている。そこに筋力低下(サルコペニア)と、動かさないことによる腱の縮みが重なる。前の章で見た「筋疲労で神経が暴走する」という筋書きが、加齢では土台から起きやすくなっている、というイメージだ。
そして、見落とされがちなのが薬だ。中高年になると、降圧薬や利尿薬、コレステロールを下げるスタチンなどを飲む人が増える。大規模なデータ解析で、喘息やCOPDで使う長時間作用型の吸入薬(β2刺激薬)と、利尿薬(とくにカリウム保持性やサイアザイド系)は、こむら返りと統計的にはっきり関連することが示されている。関連の強さは吸入薬で約2.4倍、カリウム保持性利尿薬で約2.1倍、サイアザイド系で約1.5倍。よく名前の挙がるスタチンも関連はあるが約1.16倍で、著者自身が「小さい」と評価している。
これは、サプリを買う前に確かめる価値がある。もし最近こむら返りが急に増えて、ちょうど新しい薬を飲み始めた時期と重なるなら——自己判断で薬をやめるのは絶対にいけないが——次の受診のときに「山でよく足が攣るんです」と一言伝えてみるといい。薬の見直しや飲む時間の工夫で、楽になることがある。
なお、「歳をとると喉の渇きを感じにくく、腎臓の水分調整も鈍るから攣る」という説明もよく見る。加齢でそうした生理が変わるのは事実だが、それがこむら返りに直接つながるという証拠は、実はそれほど強くない。何でも脱水のせいにしすぎないほうがいい。
そして加齢に話を預ける前に、もうひとつタダで確かめられることがある。靴だ。 かかとの高さ(ドロップ)が違う靴に替えると、ふくらはぎの使われ方も変わる。低い靴・薄い靴ではふくらはぎとアキレス腱の負担が増え、逆に厚底に慣れた脚が久々に薄い靴で長く歩くと、下腿に不慣れな負荷がかかる。僕自身、毎週ゼロドロップで歩いている脚で久々に登山靴を履き、膝と足裏をやられたことがある。荷重の行き先が変わると、痛む場所も変わる。攣る回数が増えた時期に靴を替えていないか、しばらく履いていない靴で長い行程に出ていないか。歳のせいにする前に、そこを見てみるといい。
攣った瞬間にどう止めるか|“攣った筋を伸ばす”が最短、そして酢の裏ワザ
予防の話が続いたが、いざ山の上で攣ってしまったときの止め方こそ、いちばん確度の高い知識だ。
答えはシンプルで、攣っている筋肉そのものを、ゆっくり伸ばす。ふくらはぎ(腓腹筋・ヒラメ筋)なら、膝を伸ばし、つま先を手前、つまりすね側へ引く。座れるなら、トレッキングポールやタオルを足先にかけて引き寄せると、体が硬くても届く。20〜30秒、反動をつけずに、硬直がほどけるまで保つ。
これはただの経験則ではない。攣った筋を伸ばすと、腱にあるセンサー(ゴルジ腱器官)が張力を感じ取り、その筋を動かす神経に「もう縮むな」という抑制信号を送る。実験でも、腱を電気で刺激すると、こむら返り中の筋肉の異常な放電が反射的に抑えられ、被験者全員が「楽になった」と答えている。暴走した神経に、伸張という形でブレーキをかけ直す。それがストレッチが効く理屈だ。
膝を伸ばして届かなければ、膝を軽く曲げてつま先を引くと、より深いヒラメ筋のほうが伸びる。立てるなら、壁や木に手をつき、攣った脚を後ろに引いて踵を地面につけたまま前へ体重をかける。ランジの姿勢だ。要は「ふくらはぎを長くする方向」に、じわっと動かせばいい。
そして、攣るのはふくらはぎだけではない。 僕の場合、長い下りの後半では太ももにも来る。ここが厄介なのは、伸ばす方向がふくらはぎとまるで違うことだ。焦って同じことをしても、ほどけない。原理は変わらない——攣った筋を長くする方向へ動かす。それだけだ。
下りで太ももの前が攣りやすいのには理由がある。次の章で見るように、下りのブレーキを主に受け持つのが、この大腿四頭筋だからだ。ふくらはぎだけを警戒していると、こちらに不意打ちを食らう。
もうひとつ、知っておくと面白い裏ワザがある。酸っぱいものや辛いものを口に入れると、攣りが早く止まることがある。 ピクルスの汁(酢)を飲んだ実験で、ただの水より約37%速く痙攣が収まった、という報告がある。飲んでから止まるまでが速すぎて、成分が吸収されて効いたとは考えにくい。口や喉への強い刺激が、反射的に暴走した神経を鎮めるらしい。
吸収を待つ話ではないので、山で手に入るものでいい。梅干し、レモン、酢の物、ピリ辛の行動食。「攣ったら、酸っぱいものと、伸ばす」。半信半疑でも覚えておくと、いざというとき試せる。ただし、この実験は電気刺激で人工的に起こした足の痙攣を対象にしたもので、山で自然に攣ったときに効くかは検証されていない。辛いものについては、効いたという報告と効かなかった報告が分かれている。確実な特効薬ではない。
加えて、攣った筋を軽く揉む、冷えているなら温める、も助けになる。稜線や沢の冷え、休憩で体が冷えたタイミングで攣りやすい——これは研究で確かめられた話ではなく経験則だが、レインウェアを一枚羽織って下腿を冷やさないだけでも違う。
急な下りやガレ場、鎖場の途中で攣ったときは、まず安全な場所まで移動するのが先だ。傾斜地で踵を地面につけられなければ、段差の縁につま先を乗せて踵を落とすと同じように伸ばせる。座れる平場があるなら、そこまで数歩だけ我慢して移動したほうが早い。
そして、山では攣りは痛みの問題で終わらない。歩けなくなること自体がリスクだ。 止まったあとの判断を、先に決めておきたい。
芍薬甘草湯という速効薬と、その代償|頓用ならいい、毎晩はダメな理由
日本には、こむら返りの“特効薬”として知られる漢方がある。芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)だ。速効性が売りで、飲んで数分から30分ほどで筋肉の緊張がゆるむとされ、病院でも足がつる患者によく処方される。使った人の評判はよく、山のお守りにしている登山者も多い。
ただし効果のほうは、評判ほど盤石ではない。速く効くこと自体は臨床で広く認められているが、きちんとした比較試験は小規模なものが中心で、「効く可能性が高い」止まり。数字で語られる高い有効率は、いくらか割り引いて見たほうがいい。
そして、もっと大事なのが安全性だ。芍薬甘草湯に含まれる甘草(かんぞう)は、偽アルドステロン症という副作用を起こすことがある。 体にナトリウムをため込み、カリウムを排出して、血圧の上昇や低カリウム血症を招く症状だ。
ここは順番を間違えないでほしい。いちばん多い症状は、手足のだるさ・力が入らない感覚だ。 国の副作用マニュアルによれば、報告例のうち四肢の脱力・筋力低下が約6割、血圧上昇が約35%で、この二つが発見のきっかけになることが最も多い。むくみは15%ほどで、むしろ少数派。手足のだるさ、しびれ、つっぱり感やこわばりから始まり、そこに脱力感と筋肉痛が加わって徐々に強くなる——これが見逃してはいけないサインだ。「疲れが抜けないだけ」と流して歩き続け、立てなくなってから受診する例が少なくない。進行すると不整脈や横紋筋融解症に至ることもある。
そして皮肉なことに、こむら返り自体も、この副作用の症状に含まれる。 飲み続けて攣る回数が増えたなら、量を増やすのではなく、いったんやめて相談するほうが正しい。
リスクは飲む量が多いほど高くなる。ただし発症までの期間は一定ではない。 飲み始めて10日で出ることもあれば、数年使ってから出ることもある。「短期間なら安心」とは言えないし、少量の甘草でも起きた報告がある。
そのうえで量の話をすると、芍薬甘草湯は甘草を1日6g使う「満量処方」(コムレケアなど)と、その半量の3gを使うものがある。市販の漢方薬のなかでも甘草量は多いほうで、実際、国内で偽アルドステロン症の副作用報告がいちばん多い漢方薬がこれだ。効きの速さと副作用の起きやすさは、同じ成分の裏表になっている。
もうひとつ、買う前に知っておくべきことがある。この薬には、1回でも飲んではいけない人がいる。 市販薬の説明書は、心臓病の診断を受けた人には「服用しないこと」と明記している。高血圧、腎臓病、むくみのある人は「相談すること」。前の章で触れた降圧薬・利尿薬を飲んでいる人は、この相談枠に入る。女性のほうが発症例が多く、体格の小さい人や高齢の人も起きやすいとされる。薬局で箱の裏を読むか、薬剤師に一声かけてから買ってほしい。
見落としやすい落とし穴が、甘草の重複だ。国内で認可されている漢方薬の7割以上に甘草が入っている。 葛根湯、かぜ薬、胃腸薬、のど飴にも入る。芍薬甘草湯だけを守っていても、他で重ねれば合計量は増える。同時期にいくつも漢方を飲むなら、そこを含めて薬剤師に確認したい。
そのうえで使い方には、はっきりした線がある。攣ったとき、あるいは攣りそうなときに1回飲む「頓用」まで。毎晩の予防として飲み続けるのは避ける。 山行の日に1包だけ持つ、くらいの距離感が健全な薬だ。
市販の芍薬甘草湯を買うとき、ひとつ知っておくと選び方が変わる。同じ「芍薬甘草湯」でも、入っている生薬の量が製品で違う。 こむら返りを名前に掲げた小林製薬のコムレケアは、1日量にシャクヤク・カンゾウを各6g使う満量処方。ツムラの一般用顆粒は各3gの半量だ。速効を狙うなら満量、甘草の量を抑えたいなら半量、という選び方になる。1回あたりの値段は半量のほうが安いが、同じ量を飲めば差は縮む。
山に持つなら包装も見ておきたい。コムレケアは錠剤で、1回4錠を個包装からちぎってファーストエイドキットに入れられる。ツムラの顆粒は1包が1回分。どちらも「1回分だけ持つ」ができる形なので、箱ごと担ぐ必要はない。
結局いちばん効くのは“攣らせない体の使い方”|下りの負荷とコンディショニング
ここまで、電解質もマグネシウムも芍薬甘草湯も「条件つき」「頓用」と、歯切れの悪い話が続いた。では、いちばん確実な予防は何か。振り出しに戻る。こむら返りの中心にあるのが筋疲労なら、攣らせない本筋は、その筋肉を疲れさせすぎないことだ。 地味だが、これがいちばん効く。
とくに登山で見落とされがちなのが、下りだ。下りでは、太ももの前(大腿四頭筋)とふくらはぎが「ブレーキ」として、伸ばされながら力を出す(伸張性収縮)。一歩ごとに体重と荷物を受け止めるのがこの筋肉で、だから下りの後半は、ふくらはぎだけでなく太ももも攣りやすくなる。この使い方は筋のダメージと疲労が大きく、感覚と運動の制御を乱すことが分かっている。「登りより下りで攣る」という実感は、たぶんこれと無関係ではない。
だから下りでは、歩幅を小さく、トレッキングポールで脚への荷重を逃がし、ドスンと踵から落とさずフラットに足を置く。オーバーペースを避け、1時間に5〜10分は座って脚を休める。疲れきってから休むのでは遅い。重すぎるザックを見直す。どれも派手さはないが、疲労の総量を減らす方向に働く。ふくらはぎの負担を物理的に減らすという意味では、軽いトレッキングポールを一組持つほうが、サプリを一瓶買うより効く可能性が高い。攣ったときに足先を引っ張る道具にもなる。
もうひとつは、事前のコンディショニングだ。ふだんから下腿に伸張性の負荷をかけ、“下り耐性”を上げておく。ここで効くのが、伸ばしながら力を出す動きを、家であらかじめ済ませておくことだ。
この「慣れる」には仕組みがある。一度しっかり下って筋肉に伸張性の負荷をかけると、しばらくのあいだ同じ負荷に強くなる。数週間は効果が続くとされていて、久々の長い下りで脚をやられるのは、この保護が切れた状態で本番に出ているからだ。大きな山行の2〜3週間前に、一度まとまった下りを歩いておく。 これがいちばん現場に近い予防になる。
そして、夜のこむら返りに悩んでいる人には、いちばん数字の出ている打ち手を渡しておきたい。就寝直前のストレッチだ。 55歳以上でこむら返りのある80人を対象にした試験で、ふくらはぎとハムストリング(太ももの裏)を毎晩、寝る直前に伸ばす習慣を6週間続けたところ、攣る回数が一晩あたり平均1.2回減り、痛みの強さも有意に下がった。前の章で見たマグネシウムが週あたり0.18回(統計的に差なし)だったのと比べると、桁が違う。
ただし正直に言えば、否定的な結果を出した試験もあり、まとめて評価すると「確実性は低い」とされている。対象も高齢者の夜間の攣りで、登山中の攣りに効くかは検証されていない。それでも、タダで、副作用がなく、報告されている効果量はこの記事で最大だ。順番として、サプリより先に試す価値がある。やり方は難しくない。壁に手をついて片脚を後ろに引き、踵を床につけたまま20〜30秒。ハムストリングは脚を伸ばして座り、上体を前に倒して20〜30秒。左右それぞれ、寝る直前に。
つまり、こういうことだ。サプリの棚を眺める前に、下りの歩き方とペース、寝る前の数分、そして脚づくり。お金のかからないここが、いちばんの“効きどころ”だった。
まとめ:あなたのこむら返りは、どのタイプか|通説に飛びつく前に
“効きどころ”で整理し直す。こむら返り対策は、自分がどのタイプかで打ち手が変わる。
行動中に飲むアミノ酸のサプリは、この表のどこにも出てこない。あれは翌日の筋肉痛を軽くするところまでが期待値で、攣りとは別の話だ。
最後に、見落としてはいけないことを。こむら返りの多くは良性で心配いらないが、次のようなときは背景に別の病気が隠れていることがあるので、一度受診してほしい。
- 頻繁に起きる、だんだんひどくなる、昼間や安静時にも起きる
- しびれ・むくみ・皮膚の色の変化を伴う
- 腕や体幹、手にも出る(脚の攣りは疲れた筋に起きるが、使っていない場所まで攣るのは別の話。なお長い下りで太ももが攣るのは、登山者にはごく普通のことで心配はいらない)
- 筋力低下や筋肉のやせ、ピクピクした細かい動きを伴う(逆に、ピクつきと攣りだけで力は落ちていないなら、良性のことが多い)
- 歩くと攣って痛み、休むと治まる(脚の血管が細くなっている可能性。登山者の訴えと重なりやすい)
- 片脚だけが急に腫れて熱を持つ(血栓=深部静脈血栓症。様子見にしない)
- 下山後に強い筋肉痛が続き、尿が赤褐色・コーラ色になる(筋肉が壊れる横紋筋融解症。下りの負荷・暑さ・脱水が重なると起こりうる)
糖尿病や甲状腺、腎臓や肝臓、腰の病気が、こむら返りという形で顔を出していることもある。飲んでいる薬では、痛み止め(ナプロキセンなどの解熱鎮痛薬)や骨粗鬆症・ホルモン系の薬でも、攣りが増えることが知られている。膝の痛み止めを常用している人、50代以降で骨の薬を飲んでいる人は、スタチンよりむしろこちらが当てはまるかもしれない。
通説に飛びついて散財する前に、まず自分の一日と体を見る。それが、次の山で脂汗をかかないための、遠回りに見えていちばんの近道だと思う。
※この記事は一般的な情報の整理であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。症状が続く・強い・悪化するときは医療機関に相談してください。