- 疲れの正体は「重さ」じゃない|エネルギーを決める三つのもの
- 「ゆっくり歩けば疲れない」は間違い|空身より荷物ありが軽い、という逆説
- 軽さが効く場所①:下りで脚を壊すのは、間違いなく重さだ
- 軽さが効く場所②:背中の1kgより、足元の100g
- 軽さが効く場所③:転ばない・壊れない確率を、軽さで買う
- 自分の体重とザック、どっちを削る?|効くが「同じ」ではない
- 結局、軽さはどこに効くのか|効く場所・効かない場所の早見表
- 行動食は何kcal持てばいいか|自分の山行から逆算する
- まとめ:軽さは「燃費」ではなく「壊れない山」のために
※本記事にはアフィリエイト広告のリンクが含まれています。紹介リンク経由でのご購入により、当サイトは手数料を受け取ることがあります。
はじめてテント泊の準備をしたとき、僕のパックは20kgあった。テント泊を始めた2017年ごろに手に取った登山の本にも「20kgが当たり前」とあって、それを素直に信じていたからだ。そう古い本でもないのに、その常識はまだ生きていた。肩は重く、急登のたびに足は止まった。
軽量化を意識しはじめたのは、友達の影響だった。見直してみれば、削れる装備はいくらでもある。気づけばパックは15kg前後まで落ちた。
さらに思い切って、テントもシュラフも一新した。いまは10〜12kg。重さは、ほぼ半分になった。
……なのに、だ。あの長い急登で、僕の足は昔と同じ場所で止まる。重さを半分にしたのに、山の「しんどさ」は、期待したほど減っていない。先を行く同行者は、僕より重いザックを背負ったまま、淡々と高度を上げていく。
軽くしたはずなのに、なぜ山はラクにならないのか。
この「腑に落ちなさ」には、ちゃんと理由がある。歩くという運動を細かく測った研究を並べていくと、疲れを決めているのは「重さ」ではなく、もっと大きな別のものだと見えてくる。
そして同時に、軽さが「確かに効く場所」も、はっきり別のところにある。この記事は、その2つを切り分ける話だ。
疲れの正体は「重さ」じゃない|エネルギーを決める三つのもの
まず、運動のキツさを測る目盛りを一つだけ。メッツという単位がある。じっと座って休んでいるときに使うエネルギーを「1」として、その運動が何倍のエネルギーを燃やすかを表す。
ハイキングは、だいたい7メッツ。座って休んでいるときの7倍のペースで、エネルギーを燃やし続ける運動、という意味だ。普段の体感以上に、山歩きは激しい。
では、その消費は何で増えたり減ったりするのか。ここに、この記事でいちばん大事な実験がある。
32人に、坂の角度・歩く速さ・荷物の重さを細かく変えて、のべ3,400回以上も歩いてもらい、酸素の消費量を測り尽くした研究だ。結論は拍子抜けするほど明快だった。歩きのエネルギー消費は、たった三つで決まる。坂の角度・歩く速さ・重さ(自分の体重+荷物)。しかも、効き方には、はっきりした順番があった。
| 何が | どう効くか | 効きの大きさ |
|---|---|---|
| ① 坂の角度 | 急な登りで爆発的に増える | 最大。急登でなんと約7倍 |
| ② 歩く速さ | 速すぎても遅すぎても増える | 2番手。2〜4倍 |
| ③ 重さ(体重+荷物) | 重さに比例して増える | 最小。体重の3割背負って1.3倍 |
坂が圧倒的だ。急な登りに差しかかると、消費は平地の約7倍に跳ね上がる。ためしに速さを半分に落としても、まだ平地の2倍は超えている。
一方、荷物はどうか。体重60kgの人が、体重の3割にあたる18kgを背負っても、増えるのは1.3倍どまり。あなたが財布をはたいて削った2kgは、体重比なら数パーセント。その差は、急登のたった一登りにあっさり飲み込まれてしまう。
もう一つ、忘れがちな要素がある。足元の地面だ。同じ重さ・同じ速さ・同じ坂でも、舗装路を「1」とすると、ゆるい砂地は約2倍、深い新雪では約4倍も消費が増える。
砂浜やぬかるみが、平らな道の何倍も疲れる——あの感覚は、気のせいではない。日本の山がしんどいのは、急な坂とザレた足元のせいであって、ザックの2kgのせいではない。
「ゆっくり歩けば疲れない」は間違い|空身より荷物ありが軽い、という逆説
山の鉄則のように言われる「ゆっくり歩けば疲れない」。これも、測ってみると怪しい。
背負子で体重15%ほどの荷物を背負って歩いた実験では、エネルギーがいちばん少なくて済む速さは時速3.6〜4.8kmあたりにあった。これより速くても消費は増えるが、問題は遅い側だ。
ゆっくり歩きすぎると、消費はむしろ大きく増える。だらだら足を止めがちに進むのは、エネルギー的には省エネではない。一定のリズムで淡々と進む「ちょうどいい速さ」こそが、いちばん燃費がいい。
この実験には、もっと意外な結果がある。荷物を背負ったときのほうが、手ぶらで歩いたときより、むしろエネルギー消費が小さかったのだ。直感に真っ向から反する。なぜか。
歩くという動きは、片足を軸にして体が前へ「コテッ」と倒れ込む、振り子のような運動だ。やじろべえが左右にゆれて勝手に戻るように、うまくリズムに乗ると、少ない力で前に進める。
適度な荷物が背中に乗ると、僕らは無意識に歩幅を少しせばめ、上下のムダな動きを抑えて、この振り子のリズムを整える方向に歩き方を変えるらしい。手ぶらだと、かえって動きが間のびして力をムダにする。
つまり——体重の15〜20%くらいまでの荷物なら、歩きのエネルギーはほとんど増えない(ただし急な坂は別。これは後で効いてくる)。
ここまでをまとめると、燃費という物差しで見るかぎり、軽量化の効果は驚くほど小さい。昔からの登山の経験則「ほどよい荷物は体重の4分の1か5分の1」は、エネルギー的にはおおむね正しかった。
平らな道から緩い登りを、体重2割以内の荷物で歩くかぎり、グラム単位の軽量化は燃費にほとんど跳ね返らない。
……と、ここで話を終えれば「軽量化なんて意味がない、ただの趣味だ」という結論になる。実際、そう言い切る人もいる。
でも、それは「燃費」という一つの物差ししか当てていないからだ。山の本番は、平らな道ではない。急登であり、長い下りであり、ガレ場であり、二日目の疲れた脚だ。そこでは、燃費のグラフには出てこない別の代償が効いてくる。
ここから、軽さが「確かに効く場所」の話に入る。
軽さが効く場所①:下りで脚を壊すのは、間違いなく重さだ
登りで燃え尽きそうになる一方、下りはラクだと感じる人は多い。エネルギーの面では、その感覚は正しい。下り坂では、体の落下する力を利用できるぶん、ゆるい下りまではむしろ消費が下がっていく。
ところが、ここに罠がある。下りで主役になるのは、筋肉が引き伸ばされながら、同時に踏ん張るという動きだ。一歩ごとに、太ももの前側が「ブレーキ」として、体と荷物の落下を受け止める。
車のブレーキが、止めるたびに熱を持って少しずつ削れていくのと同じで、このブレーキ動作は筋繊維に細かい傷を残す。下りはエネルギー的にはラクなのに、筋肉へのダメージはむしろ最大になるのだ。
長い下りのあとには、膝を伸ばす筋力が大きく落ち、筋肉が傷ついたサイン(血液の検査値)は半日ほど遅れて跳ね上がり、回復には4日ほどかかる、という報告がある。
日帰りなら「ちょっと脚に来たな」で済む。だが連泊の縦走では話が変わる。2日目の下りは、1日目の傷が抜けきらない脚で受け止めることになる。ダメージは積み重なり、後半になるほど一歩の衝撃が効いてくる。
このブレーキが受け止めているのは、体重+荷物そのものの落下だ。荷物が重いほど、一歩ごとに膝と太ももが吸収する衝撃も、筋肉の傷も大きくなる。
下りの脚の壊れやすさは、エネルギー消費とは無関係に、ただ重さで決まる。軽量化が燃費に効かなくても、「三日目もちゃんと歩ける脚」を守るという一点で、確かに効く。連泊・ロングほど、効きは効いてくる。
下りで脚を守る具体策の一つが、トレッキングポールだ。一歩ごとの落下を腕に分散させ、膝と太ももの負担を減らせる。
軽さが効く場所②:背中の1kgより、足元の100g
もう一つ、軽量化が露骨に効く場所がある。足元だ。ここは、同じ「重さを削る」でも、効率がまるで違う。
野球のバットを思い浮かべてほしい。先っぽに重りを付けると、急に振りにくくなる。でも、手元のグリップ側に同じ重りを付けても、たいして変わらない。振り回す動きでは、重さが「先っぽ」にあるほど、振るための力が跳ね上がる。
歩くとき、足は体の"先っぽ"で、一歩ごとに前後へ大きく振り出される。背中の荷物は体の中心近くにあって、ほとんど振り回す必要がない。
だから——古くから登山界には「足の重さは背中の数倍こたえる」という言い伝えがあり、実験でも、足に載せた重さは、胴体に載せた場合のおよそ5〜6倍ものエネルギーがかかると確かめられている。
では靴で実際どれくらいか。ある実験では、片足あたり100gの増減で、エネルギー消費がおよそ1%変わった。軍の研究でも、足に1kg足すと消費が7〜10%増える(同じ1kgでも太ももなら4%)と報告されている。
ここで、よく聞く「軽い靴を履いても消費は誤差範囲」という話を、正しく言い直しておきたい。たしかに、靴1足ぶんの重さの差(せいぜい数百グラム)は、燃費の数字で見れば1〜2%の小さな差だ。
でも見方を変えれば、足元は体の中でいちばん効率よく軽さが効く場所でもある。限られた軽量化の予算を「どこに使うか」で考えるなら、答えははっきりしている。
背中のザックを1kg削るより、足回りを100g削るほうが、一歩ごとの体感には効く。重い登山靴を軽いトレイルシューズに替える判断は、燃費の数字以上に、脚の疲れに直結する。
(どこまで足元を軽くできるかは、地面と荷物とのトレードオフだ。岩稜やテント泊の重荷なら足首やソールの硬さが要るし、ゆるい道で軽さを取る手もある。具体的なモデルの考え方はトレイルシューズの記事で掘っている。)
「足元の100g」を実際に削る入口として、ゼロドロップの軽量トレイルシューズを一例に。重い登山靴からの置き換えは、燃費の数字以上に脚の体感を変える。
軽さが効く場所③:転ばない・壊れない確率を、軽さで買う
三つ目は、グラフにいちばん描きにくい代償——故障と転倒のリスクだ。
重い荷物を長く背負うと、体には「何kcal燃えたか」とは別の代償が積み上がる。靴擦れ・マメ、疲労骨折、腰や背中の痛み。ひどいと、ザックの肩ベルトが腕の神経を圧迫して腕がしびれることもある("ザックしびれ"と呼ばれる症状だ)。
どれも、背負った重さと時間が静かに重ねていくダメージで、燃費の話とは無関係に起きる。
重さは、体の安定そのものも崩す。背中に重い荷を乗せれば、体全体の重心は高くなり、ザックは歩くたびにゆさゆさ揺れる。
鎖場、ガレ場、渡渉の飛び石、木の根が張り出した急な下り——バランスが試される一瞬に、重くて高い重心は、転倒とねんざの確率を確実に押し上げる。
逆に、軽い体は素早く足を置き直せる。重い荷物は、その身のこなしを奪う。テクニカルな地形ほど、軽さは「速く・安全に動ける余裕」として返ってくる。これも燃費の式には出てこない。
つまり軽量化とは、平地の燃費を節約することではない。テクニカルな地形で転ばない確率、重荷で体を壊さない確率、その安全のゆとりを買う行為だ。日本の山のように急登とガレ場と鎖場が連続する地形では、この「確率の軽量化」こそが本丸になる。
自分の体重とザック、どっちを削る?|効くが「同じ」ではない
先ほどの大規模な実験には、もう一つ痛快な発見があった。エネルギー消費の上では、自分の体重1kgと、荷物1kgは同じだけ効くのだ。これまで「荷物の1kgは体重の1kgより重くこたえる」と考えられてきたが、燃費で見るかぎり差はなかった。
これを素直に受け取れば、結論はシンプルだ。高い軽量ギアで1kg削るのと、自分が1kg痩せるのは、燃費的には同じ効果。そして後者はタダ(むしろ健康になる)。
何万円もかけてギアを買い替える前に、自分の体を1kg軽くするほうが、財布にも膝にもやさしい——これは半分本気の、有効な選択肢だ。
ただし「同じ」を額面どおり受け取りすぎないための注意もある。体重が増えると平地歩きの消費は約1割上がり、膝にかかる負担も増える。一方で、体の一部として運ぶ重さは、外付けの重りより安く済む面もあるという。
同じ「重さ」でも、体のどこに・どう付くかで代償は変わる。だからこそザックの中身は、重いものを体の中心・背中の上のほうへ寄せて詰めるのがセオリーになる。重心を体に近づけるほど、運ぶコストは下がる。
何を削るかと同じくらい、どこにどう積むかが効く。(積み方と重心の話はパッキングの記事で具体的に触れている。)
ついでに、よく語られる「男女差」も補正しておく。古い文献は「男性のほうが強い運動に耐えられる」と書くが、荷物を背負ったときの歩き方そのものを比べた研究では、歩きの動きも筋肉の使い方も消費も男女で差はなかった。
差が出るのは絶対的な筋力と体格で、同じ20kgが、体の小さい人ほど"体重比で重い"という問題だ。体の小さい人ほど、荷物の絶対量を抑える意味は大きい。
結局、軽さはどこに効くのか|効く場所・効かない場所の早見表
ここまでを、一枚に畳む。軽量化が「効く場所」と「効かない場所」は、はっきり分かれている。
| 場面 | 軽さの効き | なぜ |
|---|---|---|
| 平地・緩い登りの燃費 | ほぼ効かない | 荷物は最弱の要素。体重2割以内なら歩きに響かない |
| 急登のしんどさ | 少し効く(速さを落とす方が効く) | 主役は坂。荷物は比例ぶんだけ上乗せ |
| 下り・連泊2日目以降の脚 | よく効く | 下りの筋ダメージは重さに比例。回復は数日 |
| 足元(靴・足回り) | 最も効率よく効く | 足の重さは背中の5〜6倍。100g/片足で約1% |
| ガレ場・鎖場・渡渉 | 効く(安全・身のこなし) | 重心が下がり転倒・ねんざが減る。動き直しが速い |
だから、軽量化にはお金と手間をかける順番がある。
自分の通う山が、急登主体なのか、長い下りの連泊なのか、岩稜のテクニカルなのか——そこで軽さの効き場所が決まる。万人共通の「正解の総重量」はない。
僕がパックを20kgから10〜12kgまで落として、それでも急登のしんどさが大きく変わらなかったのは、当然だった。削った重さの多くは、燃費にいちばん効きにくい「背中の荷物」だったからだ。効いていたのは、たぶん下りの脚と、岩場での身軽さのほうだった。
行動食は何kcal持てばいいか|自分の山行から逆算する
最後に、実用の出口を一つ。これだけ歩けば、当然エネルギーは要る。ハイキングを7メッツとすると、消費はこんな簡単な式で出せる。
空身でも約3,600kcal。一日まるごと歩けば、おおむね3,500〜4,500kcalが出ていく。下りや悪路、急登が多ければさらに増える。
これを食料の重さに置き換えてみる。炭水化物・タンパク質・脂質をバランスよく組むと、乾いた状態の食料は1kgでおよそ5,000kcalになる。つまり一日ぶんの行動食は、乾燥重量で700〜900g前後だ。
これは「削ってはいけない重さ」だ。ザックを削る話と、燃料を切らさない話は別物で、補給をケチると後半でガクッと失速する——それが、いちばん高くつく失敗になる。
自分の行動時間から逆算して、量だけは確保しておきたい。具体的な選び方は行動食・エナジージェルの記事に譲る。
まとめ:軽さは「燃費」ではなく「壊れない山」のために
ザックを2kg削っても山がラクにならなかったのは、あなたの体力のせいでも、軽量化が無意味だからでもない。疲れを決めているのは坂と足元と速さで、荷物はいちばん効きの弱い要素だった。だから燃費の物差しでは、軽量化の手応えは薄い。
けれど軽さは、別の物差しで確かに効く。下りで脚を壊さない、足元を最も効率よく軽くする、ガレ場で転ばない、連泊の三日目もまだ歩ける——軽量化とは、燃費の節約ではなく、こうした「壊れない確率」を買う行為だ。
グラムを削る前に、自分の山がどこで脚を削ってくるのかを見極める。軽さと快適さのあいだの最適点は、カタログの総重量ではなく、あなたが通う山の地形の中にある。
参考文献
Jetté ら (1990)「運動テストにおけるメッツ」Clin Cardiol
Ludlow & Weyand (2017)「歩行の経済性は速度・勾配・重さで決まる」J Appl Physiol
Pandolf ら (1977)「荷物を背負った歩行のエネルギー消費の予測」J Appl Physiol
安陪 ら (2008)「荷物運搬時の身体負荷に関する人間工学的研究」Applied Ergonomics
Vernillo ら (2017)「上り・下り走行のバイオメカニクスと生理」Sports Med
Soule & Goldman (1969)「頭・手・足に載せた荷物のエネルギーコスト」J Appl Physiol
Franz ら (2012)「裸足とシューズのランニング代謝コスト:軽いほど良いか」Med Sci Sports Exerc
Knapik ら (2004)「兵士の荷物運搬:歴史・生理・バイオメカニクス・医学」Mil Med
Browning & Kram (2007)「肥満が歩行バイオメカニクスに与える影響」Med Sci Sports Exerc
Silder ら (2013)「荷物運搬時、男女は似た歩行力学をとる」J Biomech