- 「脚力」は一つの量ではない|登り・下り・走りで、力の出し方が3つに割れる
- 登りが鍛えているもの|500〜900ミリ秒かけて、大きな力をゆっくり出す脚
- 下りが鍛えているもの|引き伸ばされながら耐える脚と、8週間で変わる耐性
- 走りだけが鍛えているもの|200〜300ミリ秒で腱を伸ばして返す脚
- なぜ山では、走りの脚が育たないのか|勾配20〜28%で歩きが走りを追い越す
- 心肺だけは3つに割れない|「同じ心拍で1分遅い」が何も証明しない理由
- 登山者が足すべき3つの走り方|山に返るもの2つと、山では埋まらないもの1つ
- 戻し方で失敗する場所|心肺だけ先に戻る、という12週間の記録
- まとめ:山が出題しない1問を、自分で解きにいく
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先日、2年半ぶりに走った。首の持病でずっとやめていて、山に戻ったのが1年前。今年に入ってからは週1以上のペースで登っていて、脚には自信がついていた。コースタイムは0.7を切る。
それが、6kmをキロ6分00秒から6分20秒。以前は好調なら5分10秒台で流せていた道だ。気持ちよく走れたし体も痛まなかったが、とにかく遅かった。
「体力が落ちた」で片づけたくなる。あるいは「使う筋肉が違うから」で。どちらも、いちばん面白いところを飛ばしている。
そもそも脚力とは、一つの量なのだろうか。
週1で山を登る脚は、確かに強くなっている。ただしその「強い」は、大きな力をゆっくり出す強さだ。走るときに要るのは、同じくらいの力を半分以下の時間で立ち上げる強さになる。同じ脚の、同じ筋肉が、まったく別の能力として測られている。
遅かったこと自体は、たいした話ではない。その手前で、何が分かれていたのかが問題だ。分かれ目は筋肉の名前ではなく、力を出す時間と、筋肉が伸びるのか縮むのかという、もっと物理的な場所にある。
「脚力」は一つの量ではない|登り・下り・走りで、力の出し方が3つに割れる
脚を鍛えるとき、筋肉には3つの働き方しかない。縮みながら力を出すか、伸ばされながら耐えるか、伸ばされてすぐ縮むかだ。そして登り・下り・走りは、この3つにきれいに割り振られている。
- 登り=縮みながら力を出す。太ももとお尻が短くなりながら、体とザックを持ち上げる
- 下り=伸ばされながら耐える。太ももの前側が引き伸ばされつつ、落下をブレーキとして受け止める
- 走り=伸ばされてすぐ縮む。接地の瞬間に沈み込み、跳ね返るように離れる
この3つは、同じ筋肉を使っていても、まったく別の適応を体に残す。「脚力がついた」と感じるとき、実際についているのはこのうちのどれかであって、全部ではない。
日本語の「脚力」という一語が、この分かれ目を隠してしまう。だから山で速い人が走ると遅い、という現象が不思議に見える。順番に、それぞれ何が育っているのかを見ていく。
登りが鍛えているもの|500〜900ミリ秒かけて、大きな力をゆっくり出す脚
登りで一歩を上げるとき、足が地面に触れている時間はおよそ500〜900ミリ秒ある。0.5秒から0.9秒。これは、体にとってかなり長い時間だ。
長い接地には、二つの意味がある。
ひとつは、急いで力を立ち上げなくていいこと。ゆっくり力を積み上げていけば済むので、体は反応の遅い、そのかわり燃費のいい筋線維で仕事をまかなえる。30度の急斜面を登るときの代謝を調べた研究でも、接地時間が長いことが、遅く経済的な線維の動員を許していると説明されている。急登でゼエゼエ言いながら登っているとき、脚の中で起きているのは「速い動き」ではない。
もうひとつは、大きな力をかけられること。地面から返ってくる力は歩行では体重の1.0〜1.5倍程度だが、そこにザックの重さが素直に上乗せされる。傾斜と荷重を組み合わせて歩かせた研究(山岳救助隊員16名・Applied Ergonomics 誌・2022年)では、最大酸素摂取量に対する割合も最大心拍に対する割合も、傾斜と荷重のそれぞれに応じて足し算のように上がっていった。試された最大の傾斜は20%(角度11度)で、日本の急登はこれより厳しい。
つまり登りが育てているのは、大きな力を、ゆっくり、何時間も出し続ける能力だ。太ももとお尻の筋力、その持久力、そしてそれを支える心肺。コースタイムを詰められる脚は、この能力がよく育っている。
そして重要なのは、この能力のどこにも「速く」が入っていないことだ。
(ザックを軽くしても山がラクにならない理由も、結局この「どこに力が消えているか」の話に行き着く。→ 軽さが効く場所と効かない場所を分けて考える)
下りが鍛えているもの|引き伸ばされながら耐える脚と、8週間で変わる耐性
下りは、登りの裏返しではない。別の三つ目ではなく、まったく違う二つ目だ。
太ももの前側が引き伸ばされながら、同時に踏ん張る。筋肉にとっていちばん大きな力を受けられる使い方で、そのかわり筋繊維に細かい傷が残る。車のブレーキが、止めるたびに熱を持って少しずつ削れていくのと同じことが起きている。
面白いのは、この削られ方に慣れるという性質があることだ。1回下ってダメージを負っておくと、次に同じことをしたときのダメージが減る。 しかもこの守りは数週間もつ。8週間にわたって下り歩行を繰り返した実験では、標準的な下りのあとの筋力低下が明らかに小さくなったと報告されている。
だから下りで育つのは、筋力そのものというより、削られること自体への耐性になる。縦走の3日目に脚が残っているかどうかは、この耐性がどれだけ積んであるかで決まる。
そして下りの動きは、山でも走りでも同じ形で出てくる。舗装路を下って走れば、それは山の下りの準備になる。3つのうちで唯一、行き来ができる能力がここにある。
(下りで削れるのは膝だけではない。痛む場所によって原因も対策も変わる。→ 下山で膝が痛むときに疑う順番を確認する)
走りだけが鍛えているもの|200〜300ミリ秒で腱を伸ばして返す脚
三つ目が、山には出てこない。
走行では、接地時間は200〜300ミリ秒しかない。登りの半分以下だ。そのあいだに地面から返ってくる力は体重の2〜3倍。つまり「倍以上の力を、半分以下の時間で」という条件になる。
これが体に要求するものは、登りとまるで違う。
ひとつめは、神経の側の要求。 力を速く立ち上げようとすると、体は反応の速い運動単位を、低い力の段階から、高い発火頻度で動員しにいく。ゆっくりでいい登りでは、この回路に出番がない。同じ筋肉を持っていても、それを速く呼び出す配線は別に鍛える必要がある。
ふたつめは、腱の側の要求。 アキレス腱の力学を実測した研究(Scientific Reports 誌・2021年、被験者11名)は、こうなっている。
- 腱にかかる力のピーク:歩行(1.4m/s)で1.99kN(およそ200kgぶんの力)、走行(3.5m/s)で2.56kN(およそ260kgぶん)
- 腱の伸び(ひずみ):4.0%と4.9%
- ためて返す弾性エネルギー:7.8Jと11.3J(Jはエネルギーの単位)
意外に差が小さいと感じたかもしれない。実際そうだ。「歩いているときは腱のバネを使っていない」というのは言い過ぎで、歩いていてもアキレス腱はちゃんと伸びて戻っている。
差が出るのはタイミングと回数のほうだ。走行では接地した直後にもう一度エネルギーを戻す局面(1.7〜1.9J)があり、これは歩行には存在しない。ふつうに歩けば1分あたり100〜120歩、市民ランナーが走れば150〜170歩。半分以下の時間の接地を、5割ほど多い頻度で、正確に回し続ける。 それが走るという動作の中身になる。
ここで数字の出どころに断りが要る。古典的な推定では、1km3分40秒ほどのかなり速いペースで走るときアキレス腱が約35J、足のアーチが約17Jを担い、走行の力学的エネルギーのおよそ半分をバネの返りがまかなうとされてきた。さきほどの実測(11.3J)とは3倍ほど食い違う。 これは速度差ではない。実測した側の研究者が、モデル計算は靭帯や骨どうしの接触が受け持つ力を数えないため腱の取り分を多く見積もる、と名指しで指摘している。同じ腱を測っても、測り方で3倍変わる。バネが効いていること自体は動かないが、「走行の半分」は上限側の推定として読んでおくのが正しい。
腱は「使ったか」ではなく「どれだけ伸ばされたか」で変わる
そして、ここが登山とランで脚の育ち方が分かれる、いちばん深い場所になる。
腱は、使用時間で鍛えられる組織ではない。一定以上のひずみを与えられたときだけ適応する。 同じ人の左右の脚で、腱のひずみを2.85%と4.55%に分けて14週間鍛えた実験(Journal of Experimental Biology 誌・2007年)では、腱が硬くなり部分的に太くなったのは高いほうの脚だけだった。低いほうは、日常生活と変わらなかった。
歩行の4.0%と走行の4.9%は、ちょうどこの境目をまたいでいる。何時間歩いても、閾値の下にある刺激は、いくら足しても閾値を超えない。 筋肉なら量で押せるが、腱にはこの押し方が効かない。
心臓と違って、腱は「山を登っていれば同じように維持される」たぐいのものではない。
なぜ山では、走りの脚が育たないのか|勾配20〜28%で歩きが走りを追い越す
「では山でも走ればいいのでは」と思うかもしれない。ところが山は、走らせてくれない構造になっている。
勾配が急になるほど、走ることの割は悪くなる。ランナー15名に7つの角度を同じ登高速度で歩かせ、また走らせた研究(European Journal of Applied Physiology 誌・2017年)では、角度15.8度(勾配約28%)以上ではすべて歩きのほうが安く、角度16〜39度の範囲では歩きが平均8.5%省エネだった。走りが勝ったのは9.4度(同約17%)だけ。逆転点はこのあいだのどこかにある。
日本の登山道の急登は、たいていこの帯より上にある。つまり山の急登では、走るという動作が要求されない。 ここが決定的だ。がんばりが足りないから走らないのではなく、走ったほうが損だから走らない。緩い林道や稜線の平坦部なら走れるが、そこは行程のごく一部だし、ザックを背負っているかぎり自分から走りに切り替える理由もない。
結果として、山を何年続けても、腱に高いひずみが入る機会は来ない。山は3つのうち2つしか出題しない試験で、残る1つは何度受け直しても白紙のままになる。
心肺だけは3つに割れない|「同じ心拍で1分遅い」が何も証明しない理由
3つに割れる脚力とは別に、共通して使われるものが一つある。心臓と肺だ。急な登りは息が上がるだけの強度に達しているので、山を続けているかぎり、ここは大きくは落ちない見込みが立つ。ウルトラトレイルの走者36名を調べた研究でも、レース成績を最もよく予測したのは最大酸素摂取量だった(それだけで成績のばらつきの79%を説明する)。
ただし「登山を続けていれば走る体力も保てる」ことを直接確かめた研究は、まだない。ランと自転車を行き来したときに何が起きるかを7本のランダム化試験からまとめた2026年の系統的レビュー(Frontiers in Sports and Active Living 誌)は、最大酸素摂取量にもラン成績にも有意な差を見つけられなかった。種目特異性の傾向についても、著者自身が「統計的に有意でなく、研究間で一貫しない」と書いている。分かっていない、が現在地だ。
そして、自分の心肺が残っているかどうかを、時計で確かめることはできない。
僕の記録がまさにそれだった。平均心拍151。走っていた頃によく出ていた値と、ほとんど同じだ。ここで「心臓は同じ仕事をしているのに速度だけ落ちた=心肺は無事だ」と読みたくなる。これが間違いだ。
心拍が示しているのは「いま自分にとってどれくらいキツいか」という相対的な目盛りであって、心臓が送り出している血の量そのものではない。だから同じ心拍でペースが遅いという観測は、正反対の2つから、まったく同じ顔をして出てくる。心肺の上限が下がった場合も、走りの燃費が悪くなった場合も、結果は同じ数字になる。そのうえ走らない期間が長いと血液の量そのものが減るので、2年半ぶりの151拍は、当時の151拍と同じ仕事ですらない。
ついでに言えば、コースタイム比という物差しも同じ弱点を持っている。あれは標準タイムとの比率、つまり相対指標だ。暑さで全員が落ちれば比率のほうは保たれるので、猛暑でも0.7を切れたという事実は、暑さに強いことを証明していない。 暑さが見えない物差しを使っていた、というだけになる。
現実的にできるのは2つだけだ。気温15℃以下の日に同じ心拍でもう一度走って、暑さという交絡をひとつ外すこと。 そして同じ心拍・同じコース・同じ季節で月に1回走り、戻っていくかを見ること。 原因の特定はできないが、戻っているかどうかは分かる。実務的には、それで足りる。
測るときの注意は一つ。手首の光学式センサーは走り出しや心拍が動く場面で追従が遅れることがあるが、走り出しの3〜5分を捨てて安定してからの平均で比べれば、手持ちの時計で十分に成立する。
それでも走り出しまで揃えたい、あるいは接地時間や上下動まで残しておきたいなら、胸に巻くベルト式に替えると不安がまるごと消える。ガーミンのHRM 600は、心拍に加えて接地時間と上下動まで記録する上位モデルになる。
記録を残す側の時計も、心拍ゾーンとピッチが毎回残るものだと後から比べやすい。COROS(コロス)のPACE 4は32gと軽く、山の行動時間にも耐える電池を積んでいる。
(この時計を登山で使うと何ができて何ができないかは、別に1本ぶん書いてある。→ COROS PACE 4 を登山で検証した記録を読む)
登山者が足すべき3つの走り方|山に返るもの2つと、山では埋まらないもの1つ
3つに割れているなら、足すものも3つに割って考えられる。山にそのまま返ってくるものと、山では永久に埋まらない空白を埋めるものだ。
① 下りを繰り返して、次の下りのダメージを先に減らす(山に返る)
伸ばされながら耐える動きは、舗装路の下りでも山の下りでも同じ形で出てくる。だからここは、走って積んだぶんがそのまま山で使える。 1回の下り走で次の下りの筋ダメージが減り、守りは数週間もつ。
縦走の前に軽い下り走を入れておくのは理にかなった準備になる。ただし最初の1回はまず筋肉痛が来るので、山行の直前に入れてはいけない。2週間は空けたい。
② 平地のジョグで、有酸素の総量を時間効率よく積む(山に返る)
山を1日歩けば有酸素の刺激は十分に入る。ただし丸1日が必要だ。平地を40分走れば、はるかに小さいコストで似た方向の刺激が入る。心臓と肺は3つのどれにも共通して効くので、ここに入れた分は山でもそのまま働く。
路面はどちらでもいい。舗装路なら距離とペースが揃うので前回との比較が楽で、平坦なトレイルなら接地の角度が毎回変わるぶん足首まわりの制御も一緒に入る。
トレイルを走るなら、厚いクッションで脚を守る一足があると下りが気楽になる。ホカ(HOKA)のスピードゴート 6 は、その用途では定番になっている。
(ドロップの違いが長い行程で足の使い方をどう変えるかは、5足を横に並べて比べたほうが早い。→ ロングトレイルシューズ5足をドロップで比較する)
③ 短い流しで腱に閾値を超えるひずみを入れる(山には返らない)
山が一度も出題してこない、三つ目がこれになる。既存の練習に週1回スプリントを足した12週間の研究(30mから始めて100mまで伸ばす)では、脚のバネの硬さが11.5〜15.7%向上した。上下動が16〜18%減ったことが主な中身で、被験者の8割で改善している。
条件は正直に書く。対象はもともと週7.6時間動いている、高度に鍛えられたランナー25名だった。走る下地がある人が足りない刺激をひとつ足した結果であって、何年も走っていない脚にそのまま置き換えられる話ではない。同じ研究で走りの燃費の改善は統計的に有意ではなかった(1〜2%にとどまる)ことも書いておく。
そのうえ、全力に近い短距離走はアキレス腱にかかる力が最も大きい走り方になる。ブランク明けにいきなり入れるのは、次章で書く失敗そのものだ。まずジョグで数か月ぶんの土台を戻し、そのうえで週1回、80〜100mを数本から。時間にして10分もかからない。
そして念のために書いておくと、これは山のためのメニューではない。 急登で腱のバネは要求されないのだから、山だけを歩き続けるつもりなら①と②で足りる。③が要るのは「また走りたい」と思ったときだけだ。
戻し方で失敗する場所|心肺だけ先に戻る、という12週間の記録
ここが、いちばん壊れやすい場所だ。
12週間まったくトレーニングをしなかった53歳のマスターズ・トライアスリートを、12週間かけて計画的に戻した症例報告がある(Frontiers in Physiology 誌・2024年)。結果はこうだった。最大酸素摂取量はほぼ元に戻った。ところが走りの燃費と除脂肪量(筋肉の量)は、戻りきらなかった。 ひとりぶんの記録なので一般則としては読めないし、腱そのものを測ったわけでもない。それでも方向は示している。
共通して効く心肺は早く戻る。だから、戻った心肺の感覚を基準に距離を増やすと、まだ戻っていない側がその負荷を受ける。 2年半使っていなかった腱に、心肺が「まだいける」と言い続ける状態が、いちばん危ない組み合わせになる。
対策として、よく「距離は週10%まで」と言われる。ただしこの数字を信じる根拠は、実のところ薄い。 初心者ランナー532人を無作為に2群へ分け、10%ルールを組み込んだ13週のプログラムと標準的な8週のプログラムを比べたランダム化試験があるが、故障の発生率に差は出なかった。論文の題名がそのまま「段階的トレーニングに効果なし」である。
10%は魔法の数字ではない。残るのは原則のほうだ。
- 心拍が余っていても、急に伸ばさない。 増やすのは走る距離より先に、走る日数から
- 走らない日に、ふくらはぎと足裏の補強を入れる。 走行量が落ちているあいだも神経と筋のつながりを保てる
- 痛みが出るなら、量ではなく頻度を落とす。 首や腰に持病がある人は、接地の衝撃が響く前に短い距離で様子を見る。復帰のペースは主治医と相談したほうが早い
復帰と同時に、靴のドロップを動かさない
ドロップ(かかとと前足部の高さの差)は、荷重の宛先を切り替えるスイッチになる。低いほど足首・アキレス腱・ふくらはぎへ、高いほど膝や股関節へ荷重が寄る。走り方の良し悪しではなく、どの組織が受け持つかが変わるだけだ。
ここで、この記事の3分割が効いてくる。ゼロドロップは、山では出題されないはずの3つ目——アキレス腱——に荷重を寄せる靴になる。日常的にゼロドロップで歩いている人は、山からは来ないはずの刺激を、靴から少しだけ受け取っていることになる。
ただし「だからゼロドロップで歩けば腱が鍛えられる」とまでは言えない。登りの接地は500〜900ミリ秒のままで、速さのほうは変わらないからだ。長年ミニマルシューズで走っている人はアキレス腱が太く硬いという横断的な報告がある一方で、12週間や24週間かけて移行した研究では腱そのものの性質に有意な変化は出ていない。「常用者は違う」は言えるが、「数か月で変わる」は言えないのが現在地になる。
そして復帰期に効いてくるのは、むしろ逆側だ。ゼロドロップは、2年半使っていない腱にいちばん荷重が乗る選び方でもある。市民ランナー553名を6か月追ったランダム化試験では、ドロップの違いは全体としては故障率を変えなかったが、足首・足まわりの故障はゼロドロップ群で41%、10mmドロップ群で31%だった。10週間かけてミニマルシューズへ移行させた別の研究では、移行群19名のうち10名で足の骨に浮腫が現れている。アキレス腱とふくらはぎの故障は、走った直後ではなく数週間遅れて出る。 1本走って痛くなかったことは、安全の証拠にならない。
結論はシンプルになる。復帰のときに、走る量とドロップを同時に動かさない。 変数が2つあると、何かが痛んだときにどちらのせいか分からなくなる。
- これまでゼロドロップで歩いてきた/走ってきたなら、復帰の一足もゼロドロップで揃える。アルトラのトーリン 8 は、ゼロドロップのまま前後30mmの厚みを持つロード用になる
- これまで高めのドロップで走ってきたなら、そのまま戻す。走る量が安定してから、ドロップを触るかどうかを別途考える
(ゼロドロップに変える/戻すこと自体の効き方と危なさは、査読研究を並べて別に整理してある。→ 裸足・ミニマルシューズの科学を読む)
高めのドロップで戻す場合について。クッションの厚い靴が故障を防ぐという証拠は、じつはあまりはっきりしていない。 それでも、脚に届く衝撃のうち靴で減らせるぶんは減らしておくほうが、量を増やす判断はしやすくなる。ホカのクリフトン 10 は、厚みのあるロード用として選びやすい。
そしてもう一つ。夏に戻すなら、ペースではなく心拍で走る。 暑い時期は同じペースでも心拍が上がるので、ペースを守ろうとすると自動的にオーバーペースになる。心拍の上限を決めて、ペースは出たなりに受け入れる。
(夏に動く日の水と電解質は、発汗量から逆算しておくと足りなくならない。→ 発汗量から夏の水分・電解質計画を組む)
まとめ:山が出題しない1問を、自分で解きにいく
「脚力がついた」という一語が隠しているのは、次の分かれ方だ。
- 縮みながら力を出す(登り):大きな力を、ゆっくり、何時間も。山が毎回出題してくる
- 伸ばされながら耐える(下り):削られること自体への耐性。山でも走りでも同じ形で出るので、どちらで積んでも効く
- 伸ばされてすぐ縮む(走り):腱のバネと、短い時間で力を立ち上げる神経。急登では要求されないので、山では何年やっても育たない
この3つとは別に、心臓と肺だけが全問に共通して効く。
だから「山で速いから走れるはず」も「走れないから体力が落ちた」も、どちらも早い。解けた2問の点数から、白紙のままの1問を語ることはできない。
そして、自分が何をどれだけ失ったのかが正確に分かる日は、たぶん来ない。時計は「何かが落ちた」までしか教えてくれない。それでも困らない。やることは、どちらが原因でも同じだからだ。 山に返したいなら下りとジョグ。また走りたいなら、そこに週10分の流しを足す。
腱に高いひずみが入る機会は、山からは永久に来ない。だからそれは、落とした能力ではない。一度も出題されなかったから、まだ解いていないだけだ。