- まず重さの話|本体494g対509g、「LTは軽量版」という誤解をほどく
- GhostGrid™とは何か|半透明の格子が「擦れ」と「通気」に効く理由
- 脚が沈む問題への回答|グラウンドストラップ標準付属が、通常モデルとの実質的な差
- 座面の深さと座高|「浅くて落ち着かない」をLTはどう変えたか
- フレームはTH72Mのまま|本当に変わったのは「生地の留め方」
- 通常版チェアゼロ vs チェアゼロLT|一騎打ちの比較表
- 買い判断|チェアゼロを持っている人は「全とっかえ」しなくていい
- まとめ|「軽さ」ではなく「座る時間の質」を更新する一脚
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うちのチェアゼロの座面には、黒く縁取られた小さな穴がひとつ空いている。何年か前のテント場で、焚き火の火の粉が飛んできて、シューッと溶けた跡だ。塞ぐタイミングを逃したまま、いまも使っている。
山メシがメインの、のんびりした日帰り。あるいはテント泊縦走でザックを軽く詰めるとき。僕はこの椅子を2脚持っていて、稜線でお湯を沸かすときも、幕営地で何もしない時間にも、だいたい腰を下ろしている。芝の上だと前脚がじわっと沈んで、気づくと少し前のめりになっている。座面はわりと浅くて、深く腰を預けると尻がストンと落ちる。生地の擦れも、正直そろそろ気になってきた。
そこへチェアゼロLTが出た。重さはほとんど変わらない。なのに価格は5,000円高い。本体494g対509g、誤差みたいな差だ。「軽くなったから買い替え」という話ではない。
では、ほぼ同じ重さで5,000円高いこの一脚で、実際に変わったものは何か。突き詰めると、たった2つだ。シートの生地(GhostGrid™)と、脚が地面に沈むことへの対処。重さでも値段でもなく、この2点が自分の使い方に刺さるかどうか。買い足す価値があるかは、そこで決まる。
まず重さの話|本体494g対509g、「LTは軽量版」という誤解をほどく
そもそも「LT」が何の略か、ヘリノックスは公式に明言していない。ただ、同時に出た Table Zero LT(同社でいちばん軽いテーブル)と並ぶ超軽量ライン=「LTシリーズ」として売り出しているぶん、つい「軽くなった版」だと受け取ってしまう。でも、こと椅子に関しては、その思い込みはいったん外したほうがいい。
LTは通常モデルより軽い、とは言い切れない。国内モンベル表記の本体重量は、通常モデル509g・LT494gでLTが15g軽い。ところがスタッフバッグ込みの収納重量になると、通常モデル531g・LT534gでむしろLTが3g重い。さらに海外レビュー(CleverHiker、SectionHiker)が実測する「最小トレイル重量」での比較では、LTは通常モデルより約0.5oz(14g前後)重いと一致して報告されている。
つまり、どの数字を取るかで前後する、数g〜十数gの世界だ。これは生地を測ったのか、付属品込みで測ったのかといった測定条件の差に飲み込まれる程度の違いでしかない。ペットボトルのキャップ1個ぶんを足したり引いたりしている、と思っていい。
だから、軽さを目当てにLTへ買い替える理由はない。むしろグラウンドストラップが標準で付くぶん、持ち歩く総重量はわずかに増える方向ですらある。LTにお金を払う意味があるとすれば、それは重さとはまったく別のところにある。
GhostGrid™とは何か|半透明の格子が「擦れ」と「通気」に効く理由
LTで一番変わったのは、座面の生地だ。通常モデルのポリエステル・リップストップから、GhostGrid™という新素材に置き換わった。光が透けるほど薄い、半透明のあの生地である。
糸そのものが違う──撚り糸から、1本の太い単繊維へ
まず生地の「D(デニール)」という単位から。糸の太さを表す数字で、大きいほど太く丈夫、その代わり重い。GhostGridは100D。超軽量テントでよく聞く15Dや20Dよりずっと太く、しっかりした糸が使われている。
ただ、LTで効いているのは太さより糸の作り方のほうだ。ふつうの布地は、髪の毛よりはるかに細い繊維を何十本も撚り合わせた糸(マルチフィラメント)でできている。GhostGridの格子部分は、これを1本の太い単繊維(モノフィラメント)に置き換えた。透明な釣り糸を格子状に張り渡したところを思い浮かべるといい。
この違いが、擦れへの強さに直結する。撚り糸の表面には細かな毛羽(けば)が無数に立っていて、岩や砂利にこすれると、まずその毛羽がほつれの起点になる。1本切れると荷重が隣の繊維に移り、そこも切れ……と削れが連鎖していく。古い布が「だんだん毛羽立って薄くなる」のは、これだ。いっぽう単繊維は表面がつるりと一様で、ほつれの起点になる毛羽がそもそもない。こすれても削れが一点に集中せず、糸がずるずる抜けていかない。ヘリノックスが「通常モデルのポリエステル・リップストップより擦れに強い」と言うのは、この織りの違いを指している。
素材の組み合わせにも理由がある。公式の素材表記はポリエステルとポリエチレンの複合。ポリエチレンは、最軽量クラスのテント生地(ダイニーマ)にも使われる仲間で、軽くて表面が滑らかで、擦れに強いのが持ち味だ。これを骨格となるポリエステルと組ませることで、軽さと耐摩耗を同時に立てている。さらにこの織りは縦横の2方向にわずかに伸びる作りで、座ると体の丸みに沿って沈み、お尻の一点に力が集中しない。薄いのにヘタりにくく、収まりがいいのは、この「少し伸びる織り」のおかげでもある。
岩場や砂利に椅子をこすりつけるように置く人、生地のヘタりが心配な人ほど、この差は使い込むほど効いてくる。
半透明なのは、すかすかだからではない
透けて見えるのは、太い単繊維をまばらな格子に配しているから。繊維と繊維のあいだに光が通る隙間が生まれ、結果として半透明になる。密に織り上げて染めた通常モデルの不透明な生地とは、見た目からして別物だ。
そしてこの構造は通気にも効く。CleverHikerのテスターは、32℃の暑さの中でも背中がこもらず涼しかったと書いている。座面の両脇にはさらに黒いメッシュパネルが入っていて(上の写真の黒い部分)、空気の抜け道になっている。夏の低山で背中に汗をかきやすい人には、地味だが確かな改善だ。
ただし、焚き火の穴はLTでも空く
うちのチェアゼロにある、あの焚き火の穴。残念だけれど、LTに替えても同じように空く。
GhostGridを作るポリエステルもポリエチレンも、どちらも熱で溶けるプラスチック系の素材だ。火の粉が乗れば、通常モデルとまったく同じようにシューッと溶けて穴になる。耐熱という一点だけなら、ケブラーの仲間(アラミド系)を含むとされる通常モデルの生地のほうが、火に対しては粘るかもしれないくらいだ。リップストップの格子は一度空いた穴が、それ以上ピーッと裂け広がるのを食い止める──この働きは通常モデルもLTも同じだが、火の粉そのものを弾いてくれる生地ではない。
焚き火のそばで使うなら、生地が何であれ、火床の風下に置かない・距離を取るといった当たり前の用心が、結局いちばん効く。
脚が沈む問題への回答|グラウンドストラップ標準付属が、通常モデルとの実質的な差
軽量チェア最大の弱点は、昔から決まっている。脚先が細いから、柔らかい地面に沈む。砂、ぬかるんだ土、ふかふかの芝。体重が後ろ2本の脚に集まると、そこがズブッと埋まって、座面が後傾していく。僕が芝の上で前のめりになっていたのも、裏返せばこれだ。
LTが用意した答えが、グラウンドストラップ(X字型のスタビライザー)だ。4本の脚先にポケットを被せ、ストラップを交差させて張る。すると脚先の接地面積が実質的に広がり、沈み込みが抑えられる。雪の上で足が沈まないように、かんじき(スノーシュー)が面で支えるのと同じ理屈だ。
ここが通常モデルとの、いちばん実感しやすい差になる。国内正規(モンベル)の付属品を確認すると、通常モデルのチェアゼロにこのストラップは付いてこない。スタッフバッグのみだ。LTには標準で付属する。つまり「沈み込み対策が最初から箱に入っているか、別売で買い足すか」という違いがある。
実効性についても、海外レビューは具体的に書いている。CleverHikerは砂州のサイトで「ストラップで脚を固定した状態だと、LTは砂に沈まなかった」と報告。SectionHikerは「軽量チェア最大の問題に正面から対処している。完璧ではないが、椅子を水平に保つ限り沈み込みを確かに抑える」とする。万能ではなく、傾いた地面に雑に置くと効果は落ちる──設置の丁寧さは要る、というのが正直なところだ。
逆に言えば、これは通常モデルを持っている人にとって大きな意味を持つ。このストラップは別売でも手に入る。沈み込みだけが不満なら、椅子を丸ごと買い替えなくても、いま使っている通常モデルにストラップを足すだけで、近いところまでいける。
座面の深さと座高|「浅くて落ち着かない」をLTはどう変えたか
通常モデルで感じていたもうひとつの不満、「座面が浅くて尻が落ち着かない」。LTはここに2つ手を入れている。ただ、片方は手放しでは喜べない。
奥行きが少し深くなった
複数のレビューが一致して指摘するのが、LTの座面が通常モデルよりわずかに深いこと。CleverHikerは「より広く、居心地よく感じる(roomier and cozier)」と表現している。すくい込むようなシート形状の底が少し深くなり、腰を預けたときの収まりが良くなった、ということだ。浅さが気になっていた人には、素直に歓迎できる方向の変化だ。
座る高さは、カタログ通りとは限らない
ここは少しややこしい。日本のモンベルの表記だと、通常モデルもLTも座面高は同じ28cm。数字の上では、低くも高くもなっていない。
ところが、両方に座り比べた海外のレビュアーは、そろって「LTのほうが低い」と言う。CleverHikerもSectionHikerも、LTを座面7インチ(約18cm)、通常モデルを9インチ(約23cm)と測っていて、指2本ぶんほど腰の位置が低いという。カタログの数字が、生地のいちばん低い点を測ったのか、人が座って沈んだ位置を測ったのか──その違いで、こういうズレは生まれる。
では、低いと自分の山行で何が変わるのか。腰が地面に近いぶん、立ち上がるときに膝と太ももをよけいに使う。膝に不安がある人や、山メシの最中に何度も立ったり座ったりする使い方だと、ここがじわっと響く。SectionHikerが「立ち座りの楽さを取るなら、座面の高い通常モデルのほうを」と言うのも、この一点を見てのことだ。
逆に、低い座面は腰の重心が下がるぶん、横揺れに強く、どっしり落ち着く。でこぼこした地面や少し斜めの場所では、低いほうがむしろ安定して感じることが多い。山メシで手頃な岩に腰を据えるような使い方なら、低さはまず欠点にならない。「立ち上がりやすさ」と「座ったときの安定」、自分がどちらを取るかで、評価がそっくり裏返る。それがこの座高の正体だ。
フレームはTH72Mのまま|本当に変わったのは「生地の留め方」
見落とされがちだが、LTでフレームの素材が強くなったわけではない。
通常モデルもLTも、ポールはDAC社のTH72Mという7000系アルミ合金だ。亜鉛を主成分とする7000系は、常温でのアルミ合金として最も強度の高いグループに属する。同じ強度を一般的な6000系で出そうとすると肉厚を増やすしかなく、重くなる。細く見えて折れにくいのは、この合金あってのことだ。これは通常モデルとLTで共通している。(DACとヘリノックスの成り立ち、フレーム設計そのものの話はチェアゼロ通常モデルのレビューで詳しく書いたので、土台から知りたい人はそちらへ。)
新しくなったのは、生地をフレームに留める部分だ。四隅にTPU(熱でかたちを作れるゴム状の樹脂)を成形したコーナーポケット(上の写真の黒い部分)が入り、薄いGhostGridをフレームの端にがっちり咥え込む。薄い生地ほど、留め目に力が集中して破れやすい。その一点を、しなやかな樹脂パーツで受け止めている。フレームの強さではなく、新しい薄い生地を長持ちさせるための足回りが変わった。そう捉えると、LTの正体が見えてくる。
通常版チェアゼロ vs チェアゼロLT|一騎打ちの比較表
結局、最後に天秤にかけるのはこの2脚になる。🌟は5段階の目安(数値は国内正規表記と海外実測を併記)。
| 項目 | Chair Zero(通常版) | Chair Zero LT |
|---|---|---|
| 重量(本体/収納) | 509g/531g | 494g/534g |
| 座面素材 | ポリエステル・リップストップ | GhostGrid™(半透明モノフィラメント格子) |
| 岩・地面へのこすれ強さ | 🌟🌟🌟 | 🌟🌟🌟🌟(単繊維で擦れに強い) |
| 通気・蒸れにくさ | 🌟🌟🌟 | 🌟🌟🌟🌟🌟(透ける生地+メッシュ) |
| 柔らかい地面での沈み込み対策 | 🌟🌟(ストラップ別売) | 🌟🌟🌟🌟(ストラップ標準付属) |
| 座面の深さ・収まり | 🌟🌟🌟 | 🌟🌟🌟🌟(わずかに深い) |
| 座面高 | 28cm(国内)/9インチ(海外実測) | 28cm(国内)/7インチ(海外実測・低め) |
| フレーム | DAC TH72M(7000系) | DAC TH72M+TPU成形コーナーポケット |
| 耐荷重 | 120kg | 120kg |
| 価格(国内正規・税込) | ¥18,500(現在 完売・入荷未定) | ¥23,500 |
並べてみると、LTの🌟が伸びているのは「擦れ・通気・沈み込み・座りの収まり」──通常モデルで僕がひっかかっていた点ばかりだ。逆に、重さ・耐荷重・フレームの素材は横ばい。5,000円の差は、生地と沈み込み対策と座り心地に乗っている。
買い判断|チェアゼロを持っている人は「全とっかえ」しなくていい
2脚を使ってきた身として、まず言いたいのはこれだ。いま使えている通常モデルを、わざわざ捨ててまで2脚ともLTにする必要はない。重さは変わらないし、フレームの強さも同じ。通常モデルがちゃんと座れているなら、それは今日も明日も座れる椅子だ。
そのうえで、LTが効く人と、そうでない人がいる。
LTを買い足す価値がある人
- 砂浜・河原・ふかふかの芝で使うことが多い人。標準付属のグラウンドストラップが、いちばん体感しやすい改善になる
- 夏の低山中心で、背中の蒸れが気になる人。透けるGhostGrid+メッシュの通気は地味に効く
- 岩場・砂利で椅子を雑に扱いがちで、生地の擦れ・寿命が不安な人。単繊維の耐摩耗は長く使うほど差が出る
- 通常モデルの座面の浅さ・収まりの悪さがずっと不満だった人
- そもそも3脚目・買い増しを考えている人。通常モデルが現在 完売・入荷未定なので、新品で揃えるなら選択肢は事実上LTに寄ってきている
通常モデルのままで十分な人/むしろ通常モデルが向く人
- 主に硬い地面・テント場の整地で使い、沈み込みに困っていない人
- 立ち座りのしやすさを重視する人。海外実測どおりLTが低いなら、座面の高い通常モデルのほうが楽な可能性がある
- 沈み込みだけが不満な人。これは朗報で、ストラップは別売でも買える。椅子を買い替えず、手持ちの通常モデルにグラウンドストラップを足すのが、いちばん安く効く一手だ
- とにかく1円でも安くという人(通常モデルが手に入る間は5,000円安い)
なかでも「通常モデル+別売ストラップ」は、SectionHikerもすすめる合理的な道だ。LTの強みの大きな部分はストラップが付属することにあって、生地の差は使ううちにゆっくり出てくるタイプ。沈み込みが一番の不満なら、数千円のストラップで手持ちの通常モデルを延命するほうが、費用対効果はずっと高い。
そもそも椅子一脚ぶんの約500gを背負う価値があるのか、と迷うこともある。歩きのしんどさを決めるのは坂と速さが先で、重さが牙をむくのは登りより下りだ。
→ 荷物の重さが実際どこで効くのかを確認する
まとめ|「軽さ」ではなく「座る時間の質」を更新する一脚
チェアゼロLTは、軽量化のための新型ではない。重さはほぼ据え置きで、フレームの素材も通常モデルと同じTH72Mのまま。新しくなったのは、生地(擦れに強く、よく透けて涼しいGhostGrid)と、脚の沈み込みへの対処(標準で付くグラウンドストラップ)、そして座面の収まり。「軽さ」ではなく「座っている時間の質」を底上げした一脚だ。
通常モデルを2脚持つ身としては、明日いきなり全部を入れ替えるつもりはない。あの焚き火の穴のある一脚は、これからも山メシのお供だ。ただ、次に1脚足すなら──砂や芝で前のめりになるあの感覚から解放されるなら──LTを選ぶ理由は、5,000円ぶんちゃんとある。