- 炎天下の折立で、そして剱岳で、僕は水を甘く見ていた
- 発汗量を逆算する:必要な水は「体重×行動時間」で見積もる
- 「量」だけでなく「中身」:水だけ飲み続ける落とし穴
- 何を飲むか:水・スポーツドリンク・経口補水液の使い分け
- WBGTと行動計画:暑い日は時間と場所をずらす
- 初期サインと撤退判断:I度・II度・III度
- 夏山の水分で、やってはいけないこと
- まとめ:水は「量・中身・どこで補うか」を出発前に決める
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炎天下の折立で、そして剱岳で、僕は水を甘く見ていた
北アルプスの折立から太郎平へ登ったとき、炎天下で水が足りなくなった。樹林帯の登りは風が通らず、汗が止まらない。持っていた水はみるみる減り、後半はペースを落として、ただ耐えながら太郎平を目指した。
もう一度やらかしたのが、剱沢キャンプ場から剱岳をピストンしたときだ。天気と気温、そして往復にかかる時間を見誤って、行動の途中で水が切れた。頭痛がひどい。僕は水不足になると、決まって頭が割れるように痛くなる。最初はペースを落として耐えようとしたが、行程が長すぎて間に合わない。途中からトレラン・ファストハイクに切り替え、とにかく早く水場にたどり着くことを最優先にして動いた。
どちらも、水の「量」を甘く見ていたのが原因だ。あとから発汗量の計算や、水だけ飲み続けることの危うさ(低ナトリウム血症)を知って、自分がいかに行き当たりばったりで水を扱っていたかを思い知った。夏山の水は、どれだけ持ち、何を飲み、どこで補うかを出発前に設計しておく。それだけで、水切れも飲み過ぎも避けられる。
発汗量を逆算する:必要な水は「体重×行動時間」で見積もる
夏山で必要な水の量は、感覚で決めるとたいてい足りない。登山生理学では、行動中の脱水量をおおまかに計算する目安がある。
たとえば体重60kgの人が、夏に8時間行動するなら——係数6で見積もって、5(6)×60×8=約2.9L。これに調理や予備を足すと3L超になる。「1Lあれば足りるだろう」の感覚が、いかに危ういかがわかる。折立からの登りで僕が持っていた水は、この見積もりに遠く届いていなかった。
体重と行動時間から、夏の発汗量(係数6で計算)をひと目で引ける早見表にした。自分の体重の行に、その日の行動時間の列を当てて、必要な水の量を確かめてほしい。
| 体重\行動時間 | 4時間 | 6時間 | 8時間 | 10時間 |
|---|---|---|---|---|
| 50kg | 1.2L | 1.8L | 2.4L | 3.0L |
| 55kg | 1.3L | 2.0L | 2.6L | 3.3L |
| 60kg | 1.4L | 2.2L | 2.9L | 3.6L |
| 65kg | 1.6L | 2.3L | 3.1L | 3.9L |
| 70kg | 1.7L | 2.5L | 3.4L | 4.2L |
| 75kg | 1.8L | 2.7L | 3.6L | 4.5L |
| 80kg | 1.9L | 2.9L | 3.8L | 4.8L |
※係数6(夏の標準的な見積もり)で計算した行動中の発汗量の目安。猛暑・無風・重荷・汗かきの人はさらに係数7〜8へ。調理用や予備の水は別途加える。涼しい時期や汗をかきにくい人は、これより少なくてよい。
ポイントは、消費した分を後追いで飲むのではなく、行動前と行動中にこまめに先回りで入れること。喉が渇いたと感じた時点で、体はすでに脱水に傾いている。15〜20分ごとに一口ずつ、というリズムを決めておくと飲み忘れない。
「量」だけでなく「中身」:水だけ飲み続ける落とし穴
水切れも怖いが、その逆——真水だけを大量に飲むことにも落とし穴がある。汗は水分と一緒に塩分(ナトリウム)も奪う。そこへ真水だけを大量に入れると、体液のナトリウム濃度が薄まる。すると脳は「脱水が解消した」と勘違いし、それ以上水を欲しがらなくなる。塩分が足りないまま、水だけがだぶつく状態だ。
これが進むと、運動関連低ナトリウム血症(水中毒)になる。電解質を含まない水を1時間あたり0.8〜1.0L飲み続けると、そのリスクが上がるとの報告がある。やっかいなのは、初期症状が脱水とよく似て、頭痛や吐き気から始まること。重くなると、けいれんや意識障害に至ることもある。
何を飲むか:水・スポーツドリンク・経口補水液の使い分け
飲み物は、役割で使い分ける。全部を経口補水液にする必要はないし、全部を真水にするのも危うい。
| 飲み物 | 役割・使いどき |
|---|---|
| 水+塩分(タブレット等) | 行動中のベース。真水に塩分タブや電解質パウダーを足して、量と中身を両立する |
| スポーツドリンク | 予防的な水分・電解質補給に。糖分多めで吸収もよいが、塩分濃度は経口補水液より低い |
| 経口補水液(OS-1等) | すでに脱水で具合が悪いときの応急用。体液に近い浸透圧で吸収が速く「飲む点滴」とも。予防でがぶ飲みするものではない |
普段の行動は水+塩分やスポーツドリンクで回し、明らかに脱水でつらいときの切り札として経口補水液を1本忍ばせておく。これが現実的な構成だ。塩分タブや電解質パウダーは軽くてかさばらないので、夏山では水とセットで持っておきたい。
→ 水分とあわせて設計したい、行動中の糖質・電解質補給の組み立てを読む
WBGTと行動計画:暑い日は時間と場所をずらす
その日がどれだけ危ないかは、気温だけでは測れない。環境省が使う暑さ指数(WBGT)は、気温に加えて湿度と日射・輻射熱を組み合わせた指標だ。湿度が高いと汗が蒸発せず、体温が下がりにくい。同じ30℃でも、蒸し暑い樹林帯の登りは数字以上にこたえる。
山にはWBGTの観測点が少ないが、出発地周辺の数値や、湿度・無風かどうかから「今日はきつい日か」を構えられる。きつい日ほど、早出して涼しい時間に標高と距離を稼ぎ、暑い日中の行動を減らす。これは午後雷を避ける早出とも噛み合う。
剱岳で僕が失敗したのは、まさにこの計画の部分だった。気温と往復時間を甘く見積もり、いちばん暑い時間帯に水のない区間を長く歩くことになった。水場の位置と、そこまでの往復時間を行程に織り込む。これは装備以前の、計画の問題だ。
初期サインと撤退判断:I度・II度・III度
熱中症は、症状の重さで段階が分かれている(日本救急医学会の分類)。どの段階かを見極めることが、現場での「動かす・休ませる・助けを呼ぶ」の判断につながる。
| 段階 | 主なサイン | 対応 |
|---|---|---|
| I度(軽症) | 立ちくらみ、こむら返り(足がつる)、大量の汗 | 涼しい場所で休み、水分と塩分を補給。回復するか様子を見る |
| II度(中等症) | 頭痛、吐き気・嘔吐、倦怠感、力が入らない、自力で水を飲めない | 行動を止める。回復しなければ下山・救助要請を判断する |
| III度(重症) | 意識がもうろう、受け答えがおかしい、けいれん、まっすぐ歩けない | 命に関わる。体を冷やしながら、ためらわず救助を要請する |
大事なのは、II度のサインが出たら「もう少しで着くから」を捨てること。頭痛や吐き気は、脱水でも低ナトリウム血症でも、熱中症でも出る危険な信号だ。自力で水が飲めない・受け答えが怪しいところまで来たら、それは自力下山に固執する段階ではない。具体的な手当てや搬送の判断は、消防・救助機関や講習で学ぶべき領域で、ここでは踏み込まない。
夏山の水分で、やってはいけないこと
まとめ:水は「量・中身・どこで補うか」を出発前に決める
折立でも剱岳でも、僕が水切れに追い込まれたのは、その場の頑張りが足りなかったからではない。出発前の見積もりが甘かったからだ。発汗量は体重と行動時間からおおまかに計算でき、水だけでは塩分が足りず、水場の位置は地図で先に確認できる。どれも、山に入る前に手に入る情報だった。
夏山の水分計画は、三つに分けて考えればいい。どれだけ持つか(量)、何を飲むか(中身)、どこで補うか(水場と行程)。この三つを出発前に決めておけば、炎天下で水を数えながら歩く不安も、頭痛をこらえながら水場へ急ぐ羽目も、かなり減らせる。
自然を相手にゼロリスクはない。その日の暑さも、自分の汗の量も、完全には読み切れない。最後に進むか退くかを決めるのは、その場に立つ自分とパーティだ。だからこそ、判断の材料を一つでも多く持って山に入りたい。知識は武器であり、最大の自衛になる。