- まず、分かりやすい犯人を二つ消す|「なまり」でも「地形」でもない
- なぜ「替えただけ」で痛むのか|脚は、履いている靴に合わせて作られる
- 替えると、疲労はどこへ動くのか|足裏 ⇄ 膝
- だから、靴を替えるのは「トレーニングのやり直し」だ|慣れない一足を、いちばんキツい日に持ち込まない
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この2月にアルトラ Lone Peak 9+という柔らかいゼロドロップのトレイルシューズを買ってから、ほぼ毎週、15kmほど・標高差1,200mくらいの山をこの一足で歩いてきた。脚には、それなりの自信がついていた。
ところが先日、谷川岳に登るときだけ、久しぶりに硬い登山靴——モンベル アルパインクルーザー800——を引っぱり出した。すると下山の途中、いつもは痛くならない右膝が痛み、足の裏、親指の付け根(母指球)までジンジンしてきた。毎週こなしている下りと、そう変わらない斜面で、だ。
いちばん飛びつきたくなる説明は「ゼロドロップに甘やかされて、足が弱った」。でも、それは逆だ。この数か月で、僕の脚はむしろ強くなっていた——ただし、その靴の中でだけ。歩き込んで作ったつもりの"登山の脚"は、じつは"Lone Peakの脚"でしかなかった。
まず、分かりやすい犯人を二つ消す|「なまり」でも「地形」でもない
痛みの原因を靴に求める前に、もっとありふれた容疑者が二人いる。先に外しておく。
「足が弱った」説。もし数か月のゼロドロップで足が弱っていたなら、そのLone Peakで歩くたびに痛むはずだ。でも毎週の山では、膝も足裏もなんともない。なまってはいない。
「谷川の下りがキツかった」説。たしかに急な岩場の下りだった。下りで膝が受ける衝撃は体重の3〜7倍にもなる。でも、これも決め手にはならない——僕はこの春、甲武信ヶ岳や奥白根でも、同じくらいエグい岩の下りをLone Peakでこなしてきた。そのときは、痛くなっていない。
同じ体、同じくらいの激下り。違ったのは靴だけで、痛んだのは、その靴を替えた一回だけ。犯人は、靴を替えたことだ。(もちろん、これは僕一人・一回の話だ。谷川がいちばん急だった可能性は残るし、野外で変数を完全には切り分けられない。それでも「靴を替えた日にだけ痛んだ」という事実は動かない。)
その履き替えで、足元の条件は一度に六つ変わっている。「かかとの高さ(ドロップ)」だけの話ではない。
| 変わったもの | Lone Peak 9+ | アルパインクルーザー800 |
|---|---|---|
| ドロップ(かかと−つま先の高低差) | 0mm | 陽性(かかとが高い) |
| 重さ(片足) | 約286g | 約554g(+約270g) |
| 足首まわり | ローカット(自由) | ハイカット(固める) |
| ソールの硬さ | とても柔らかい・よく曲がる | 段違いに硬い |
| 足の形(ラスト) | 幅広・足指が広がる | 別形状・当たる場所が違う |
| 慣れ | ほぼ毎週(身体が馴染んでいる) | 数か月ぶり |
なぜ「替えただけ」で痛むのか|脚は、履いている靴に合わせて作られる
答えはシンプルで、そして少しだけ怖い。身体は、履いている靴に合わせて作り替えられていく。
この2月から毎週Lone Peakで歩くあいだに、僕の脚には、目に見えない"仕込み"が入っていた。
ひとつは、ふくらはぎとアキレス腱だ。ゼロドロップはかかとを落としたまま歩くので、この二つはいつも少し引き伸ばされた状態で踏ん張る。筋肉と腱には、よく使う長さに合わせて"ちょうどいい張り"を作る性質がある。毎週その長さで力を出すうちに、そこがいちばん効率よく働ける作業点になっていた。もうひとつは足裏の小さな筋肉。薄いソールの下では、足が自分でアーチを保って衝撃を吸うしかないから、毎歩それが鍛えられる(薄い靴で足裏の筋力が9〜57%増えたという研究もある)。そして着地と蹴り出しのタイミングまで、この平らな足場に合わせて、考えなくてもできる"自動運転"になっていた。
問題は、この仕込みが"その靴専用"で、別の靴には持ち出せないことだ。かかとの高い登山靴に履き替えた瞬間、よく伸びていたふくらはぎは急にたるんだ長さで働かされ、自動化していたはずの足の運びはわずかにズレて"手動"に戻る。強さそのものは残っているのに、力の出しどころが噛み合わない。走り込んだランナーが自転車では脚が別物なのと同じで、鍛えたものは、それを作った条件から外れると、そのままの形では出てこない。履き慣れた靴が足の形や動き方を長期的に作り替えることは、研究でも知られている。
ここに、皮肉がある。履き慣れているほど、その一足に深く最適化している。だから、靴を替えた日の落差も大きくなる。初めて登る人は、まだどの靴にも深く馴染んでいないぶん、履き替えても失うものが少ない。逆に、一足を毎週履き込んだ脚ほど、その靴に合わせて尖っている——尖っている方向から外れた瞬間、鈍る。経験は、ふつう身を守る。でも靴に関しては、慣れそのものが、替えた日の弱点になりうる。ベテランほど、久々の別の靴で足をすくわれる。
この数か月、僕の脚をそっくり作り替えてきた一足がこれだ。ゼロドロップで足裏を働かせて育てる代わりに、下りでは膝を守ってくれていた。
替えると、疲労はどこへ動くのか|足裏 ⇄ 膝
では、その"別物の脚"は、どこで悲鳴を上げるのか。靴が変わると、疲労は身体の中で場所を移す。ここを知っておくと、逆に痛んだ場所から「その靴が自分に何をしているか」を読めるようになる。
柔らかいゼロドロップのとき、疲れるのは「足裏」だ。薄くよく曲がる靴は、地面の凹凸を足に伝える。足は着地のたび、自分の小さな筋肉と関節でその形に対応する。だからLone Peakで長く歩くと、膝でも腰でもなく、土踏まずから指の付け根まで、足裏全体がじんわり疲れる。これは弱っているのではなく、足裏が働いている合図だ。
硬く重い登山靴のとき、その仕事は膝へ上がっていく。効き方には順番がある。
下りの膝は、道具で物理的に助けられる。トレッキングポールは、一歩ごとの落下を腕に逃がし、膝と太もものブレーキ仕事を肩代わりさせられる。大岩の急下降が読める日は、最初から出しておく。
母指球の痛みは、同じ理屈の別バージョンだ。ただしこちらは足裏全体のじんわりではなく、母指球という一点に、点でズキッとくる。硬いソールが、岩のエッジを足指の付け根に点で乗せてくるからだ。柔らかいLone Peakが広い面で受け流していた圧を、慣れない当たり方でまともに受けた(足が前に滑ったわけではない。靴紐はしっかり締めていた)。手持ちの靴で前足が痛みやすいなら、中足骨の手前を支えるインソールを1枚入れるだけで、圧の集中がかなり散る。買い替えより先に試せる、いちばん安い一手だ。
だから痛んだ場所は、その靴の"通信簿"でもある。膝が鳴れば「この靴は荷重を膝へ送っている」、足裏なら「足そのものを働かせている」。次にどの靴でどこが痛むかを覚えておくと、自分とその一足の相性が、少しずつ地図になる。
だから、靴を替えるのは「トレーニングのやり直し」だ|慣れない一足を、いちばんキツい日に持ち込まない
先に誤解を消しておくと、硬い登山靴が悪いわけではない。重い荷を背負う日、ザレや残雪、足首をひねりやすい岩場では、その足首の固さと保護こそが身を守る。荷重を膝に回すトレードが正解になる場面は、確かにある。だから問いは「どっちの靴が優れているか」ではなく、いま自分の脚がどの靴に仕上がっているか × その日どんな負荷が来るかだ。今回の失敗は、慣れないまま激下りに持ち込んだことで、靴そのものの問題ではない。
脚がその靴に仕上がるものなら、靴を替えることは、脱ぎ替えではなくトレーニングのやり直しだ。そう捉えると、やることは決まってくる。
ドロップや硬さの大きい乗り換えで体に何が起き、どれくらいの期間をかけるべきか。査読研究の数字は別の記事に整理している。
→ 裸足・ミニマルシューズの科学で「安全な始め方」を読む
あなたが山で作ってきた"登山の脚"は、たぶん、いま履いている靴と一心同体だ。だから次に一足を替えるなら、脚もいっしょに作り直すつもりで、いちばんキツい下りより手前で慣らしておく。そうすれば、痛みの多くは「不意打ち」ではなくなる。
※本記事で触れた数値は、ランニングでの研究を含む参考値で、歩き・登山にそのまま一致するとは限らない。体の痛みが続くときは医療機関へ。