- なぜ重いと山がつらいのか|「体重の何割を背負うか」という物差し
- なぜ初テント泊ほど持ちすぎるのか|恐れと「無くて困る後悔」
- パック・シェイクダウンのやり方|全部床に広げて3つの問いを当てる
- 実例で見る|初テント泊の20kgを12kgにする、項目別の引き算
- 効くのは小物でなく大物|ザック・シェルター・寝袋+マットの三大要素
- 一つで二役|「兼用」で持ち数そのものを減らす
- ベースウェイトで自分の数字を知る|水・食料・燃料を分けて見る
- ただし、これは削ってはいけない|安全の境界線
- 日本のテント場だからできる削り方|山小屋・有料水・稜線の冷え
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初めてのテント泊。ザックの口が膨れ上がって閉まらない。なんとか詰め込んで背負い、登り始めて30分で肩が死ぬ。あとで量ったら20kg近くあった——これは初テント泊の"あるある"で、珍しくもない。標準的な夏のテント泊装備は10〜15kgが目安とされるのに、初回はそこに5kg前後が上乗せされる。
その5kgは、一つの重い道具から来ているわけじゃない。「念のため」を何十個も積んだ合計だ。寒かったら、足りなかったら、退屈したら、もし何かあったら——その不安の一つひとつが、グラムになって背中に溜まる。英語圏のロングトレイル界隈には 「pack your fears(恐れを詰める)」 という言い回しがある。荷物が重いのは体力の問題ではなく、たいてい経験不足を物量で埋めようとした結果だ。
削り方は昔から決まっている。全部、床に広げる。 そして1つずつ「本当にいるのか」を問い直す。これがパック・シェイクダウンだ。この記事では、初テント泊の荷物を「恐れで詰めた分」だけ軽くする考え方を、実際のグラム単位の引き算まで落として書く。製品の買い替えは最後でいい。まずは今ある荷物を広げるところから。
なぜ重いと山がつらいのか|「体重の何割を背負うか」という物差し
「重い=しんどい」は当たり前だが、しんどさには物差しがある。背負う重さを体重との比で見ると、初テント泊の20kgがどれだけ無茶か分かる。
おおまかな目安はこうだ。
- 体重の約1/4まで:長時間でも快適に歩ける
- 体重の1/3を超える:はっきりキツい。ペースが落ち、休憩が増える
- 体重の1/2:運動能力が大きく落ち、転倒・故障のリスクが上がる
体重60kgの人なら、快適ゾーンは15kg、キツいラインが20kg、危険域が30kg。初テント泊の20kgは、多くの人にとって「キツい」を振り切っている。 しかもこの重さは平地の話ではない。登りでは心肺に、そして下りでは膝に、体重+ザックの重みが一歩ごとに何倍もの衝撃となって落ちてくる。荷物が5kg軽いだけで、下山の膝はまるで別物になる。
軽量化は「ストイックな人の趣味」ではない。安全と、山を楽しめるかどうかの問題だ。ここを出発点に置くと、削る動機がぶれない。
なぜ初テント泊ほど持ちすぎるのか|恐れと「無くて困る後悔」
経験のなさは、そのまま物量に化ける。何が起きるか分からないから、起こりうる全部に備えようとする。結果、ザックは「使うかもしれない物」で埋まる。
ここには認知のクセも効いている。人は 「持っていったが使わなかった後悔」より「無くて困る後悔」を、はるかに重く見積もる(損失回避)。だから判断が常に「入れる」側に倒れる。一つひとつは数十グラムでも、その判断を装備の数だけ繰り返せば、合計はキロ単位になる。
不安と荷物は、きれいに1対1で対応している。そして大事なのは、それぞれの不安を溶かすのは「物」ではなく「知識」だということだ。
| 不安 | 化ける荷物 | それを溶かす知識 |
|---|---|---|
| 寒さ | 予備の防寒着・重複レイヤー | その夜の最低気温と、寝袋の快適温度を知る |
| 空腹 | 食べきれない行動食・予備食 | 自分が1日に消費するカロリーの実数 |
| 退屈 | 本・椅子・凝った調理具 | 設営・撤収・炊事で夜は意外と忙しいと知る |
| もし何かあったら | 使うあてのない大型救急セット | エスケープルートと、実際に使う応急処置の範囲 |
ここで効くのが、登山道具を 「必需品」と「嗜好品」に仕分ける見方だ(山と溪谷の土屋智哉さんがよく使う整理)。嗜好品=あれば快適だが、無くても安全には関わらない物。これは無駄という意味ではない。ただ、「不安だから」と必需品の顔をして紛れ込んだ嗜好品を見つけ出せば、削る対象がはっきりする。
経験を積むほど装備が軽くなるのは、ケチるからではなく、知識と技術が"念のため"を肩代わりするからだ。水場の位置を知っていれば水を担がない。設営に慣れれば予備の道具がいらない。スキルは、最も軽くてかさばらない装備と言っていい。
パック・シェイクダウンのやり方|全部床に広げて3つの問いを当てる
シェイクダウン(shakedown)は、ザックを振って中身を全部出すことから来ている。やることは単純だ。山に持っていくつもりの物を、一つ残らず床に並べる。 頭の中のリストではなく、現物を目で見て手で触れる状態にする。
そのうえで、1点ずつ次の3つを問う。
- 前回までの山行で、実際に使ったか? 「持っていったが一度も出さなかった」物は、次もたぶん使わない
- 最悪これが無いと、どうなるか? 命に関わるのか、ただ不便なだけか。不便なだけの物は削る候補
- 機能が他の物とかぶっていないか? ナイフが2本、明かりが3つ、似た保温着が重複——1つで足りるものは1つに
この3問を全アイテムに当てるだけで、「なんとなく入れていた物」が炙り出される。英語圏では装備リストを LighterPack のようなツールに入れて重量を可視化し、経験者に添削してもらう文化があるが、日本のふつうのハイカーなら、自宅の床で同じことを自分でやるだけで十分効く。可能ならキッチンスケールで一品ずつ量るといい。「重いと思っていた物が案外軽く、軽いと思っていた小物の集合が重い」という逆転が、必ず見つかる。
量る道具は、台所にある1g単位のスケールで足りる。専用の高い計量器はいらない。「数字で見える化」できるかどうかが、引き算の精度を決める。
実例で見る|初テント泊の20kgを12kgにする、項目別の引き算
抽象論より、数字で見たほうが早い。夏・1泊・営業小屋と水場のある一般的なアルプスのテント場、という設定で、よくある初回構成(約19.5kg)から引き算してみる。あくまで典型的な一例で、実際の重量は製品で上下する。
| 項目 | 初回のありがち | 見直し後 | 差 | 削り方 |
|---|---|---|---|---|
| テント | 約2.8kg(重い入門~兼用品) | 約1.3kg(軽量1~2人用) | −1.5kg | 大物の買い替え(最後でよい) |
| 寝袋 | 約1.5kg(かさばる化繊/安物) | 約0.8kg(3シーズンダウン) | −0.7kg | 同上 |
| マット | 約1.0kg(厚手自動膨張) | 約0.4kg(UL/クローズドセル) | −0.6kg | 同上 |
| ザック | 約2.3kg(頑丈トラッド) | 約1.3kg(軽量縦走) | −1.0kg | 大物が小さくなった後で最後に |
| 水 | 3.0L担ぐ | 1.0L+補給前提 | −2.0kg | 次の水場・小屋まで分だけ |
| 予備衣類 | フル着替え一式 | 乾いた上1枚+靴下に圧縮 | −0.8kg | 兼用と「念のため」削り |
| 調理・食料 | 予備食・凝った調理具 | 必要分+小屋食を計画 | −0.7kg | 機能重複と過剰の整理 |
| 小物の重複 | ナイフ2・ライト3など | 各1に集約 | −0.5kg | シェイクダウンの3問 |
| 合計 | 約19.5kg | 約11.7kg | −7.8kg |
注目してほしいのは、−7.8kgの過半が上の数行(大物と水)に集中していること。歯ブラシの柄を切るより先に、見るべき場所がはっきりしている。
効くのは小物でなく大物|ザック・シェルター・寝袋+マットの三大要素
上の表が示すとおり、重量の大半を占めるのはザック・テント(シェルター)・寝袋+マット。この3つは「Big Three(三種の神器)」と呼ばれ、重量削減でまず手をつける場所とされる。海外のUL(ウルトラライト=装備を徹底的に軽くする流儀)の実例では、この三大要素を従来型から軽量型に置き換えるだけで5kg以上が一気に落ちる。小物をいくら削っても、得られるのはせいぜい数百グラムだ。
ただし大事な順序がある。小物は「削る」、大物は「買い替える」。そして買い替えは一番最後でいい。 いきなり高いテントや寝袋に飛びつく前に、まず今ある装備でシェイクダウンを済ませる。大物に手を出すのは、自分の山のスタイル(何泊するか、どの季節か、小屋を使うか)が見えてからで遅くない。買い替えるなら、大物が軽く小さくなるほど、それを収めるザックも小さくできる——この連鎖がULの肝だ。
大物を見直すときの各論は、それぞれ専用の記事がある。
- テント/シェルター:重さ・価格・快適のどれを諦めるかで選ぶ考え方と、生地の素材から選び直す視点
- 寝袋:3シーズンのシュラフを快適温度で対等比較した記事
- マット:R値(断熱性の指標)で地面からの冷えを断つ一枚の選び方
一つで二役|「兼用」で持ち数そのものを減らす
削るのは「捨てる」だけではない。一つの物に二役させれば、もう一方を丸ごと持たずに済む。 初テント泊で効く兼用をいくつか。
- トレッキングポール=テントの支柱:ポール自立式(非自立)のシェルターを選べば、テント用ポールが丸ごと消える。歩きで使うポールがそのまま夜の支柱になる
- 行動着=就寝着:乾いた行動着で寝られるなら、専用の寝間着はいらない(ただし汗で濡れた服のまま寝るのは厳禁。乾いた1枚は安全装備として残す)
- クッカー=器・カップ:鍋で作って鍋で食べる。皿・カップを別に持たない
- レインウェア=防風・防寒の一枚:稜線の風よけに上着を別途持たず、レインシェルで兼ねる
- ザックの一部=座布団/背面パッド:背面パッドを抜いて座布団に、という割り切りもある
兼用は「機能がかぶっていないか」という3つめの問いの裏返しだ。重複を消すだけでなく、最初から重ねて設計すると、持ち数そのものが減る。
兼用が効く道具を2つだけ例に挙げておく。歩きのポールがそのまま夜の支柱になるトレッキングポールと、座布団や背面パッドにも流用できる折りたたみマットだ。どちらも特別な物ではなく、ULの「最初の一歩」として定番のもの。
ベースウェイトで自分の数字を知る|水・食料・燃料を分けて見る
軽量化で必ず出てくるのが ベースウェイト(base weight) という考え方だ。水・食料・燃料(消耗品)を除いた、装備だけの重量を指す。消耗品込みの全体は「パックウェイト」と呼んで区別する。
なぜ分けるのか。水や食料は行程の長さで増減する変数で、しかも歩くほど減っていく(初日の朝が最重、というのはこのため)。これを混ぜたままだと「装備そのものが重いのか、消耗品が多いのか」が分からない。消耗品を切り離すと、自分のギア構成の実力が裸で見える。
目安はこのあたり(数字は帯で、体格で上下する)。
| 区分 | ベースウェイトの目安 |
|---|---|
| 一般的なテント泊装備 | 8〜13kg超 |
| 軽量(ライトウェイト) | 8〜9kg以下 |
| ウルトラライト(UL) | 約4.5kg(10ポンド)以下 |
「UL=ベースウェイト4.5kg以下」は英語圏・日本の複数の出どころで一致する確実な基準だ。ここに水・食料・燃料が乗ると、ULでもパックウェイトは6〜8kg程度。最初からUL(4.5kg)を狙う必要はない。大事なのは、一度ベースウェイトを量って自分の数字を知ること。次の山行で「どこが重いのか」が具体的に見えてくる。
ただし、これは削ってはいけない|安全の境界線
軽量化は「不安を知識で置き換える」作業であって、「安全を削る」ことではない。冷たい雨と疲労が重なる状況は、装備を削りすぎたハイカーが最初に破綻する典型だ。次のものは、初テント泊では削減の対象から外す。
- レインウェア+保温着:夏でも稜線は冷える。気温急落への安全マージン
- 乾いた着替え(行動用とは別の上半身一枚):濡れた体を乾いた服に替えられるかが、低体温症の重症化を防ぐ分かれ目
- ヘッドランプ:行動が押したときの命綱。月明かり頼みにしない
- 水と浄水手段/地図・ナビ/エマージェンシー用品:これらは削減ではなく前提
経験が浅いうちは、保温は少し厚めに持っておくくらいでいい。技術と判断が育つにつれ、安全マージンを保ったまま少しずつ軽くしていける。順序を逆にしない——軽くしてから慣れるのではなく、慣れてから軽くする。
テント場でどこに張るかでも体感温度は変わる。冷気だまり・放射冷却・結露を物理で読んだ記事を知っておくと、保温着を1枚ぶん賢く使える。寝袋が濡れて保温が死ぬ事故を防ぐ防水パッキングの設計も、安全側の知識だ。
日本のテント場だからできる削り方|山小屋・有料水・稜線の冷え
海外のロングトレイル発のUL知識は、そのまま日本に持ち込めない部分がある。良くも悪くも、日本の山には営業山小屋が点在しているからだ。
- 小屋が連続するエリアと、自己完結のエリアで戦略が真逆:北アルプスの表銀座や立山のように小屋・テント場が連続する稜線なら、売店・自販機・小屋食で水も食料も現地調達でき、担ぐ量を大きく削れる。一方、小屋がまばらなエリアや深い谷筋は自己完結が前提で、ここで「小屋頼みで軽く」をやると詰む。まず歩く稜線の小屋配置を地図で確認するのが削減の第一歩
- テント場の水は有料のことがある:天水を引いている小屋では水が有料(1Lあたり数百円)だったり、稜線では水場が枯れていることもある。「水場前提で軽く」が裏目に出る区間がある。担ぐ水を削るほど、補給点の確実さが効いてくる
- 夏でも稜線は冷える:3,000m級は朝晩冷え込む。フリースや薄いダウン、帽子・手袋は夏でも要る。低標高の海外UL感覚で薄着を持ち込まない
つまり日本では、「小屋と水場をうまく使えば水・食料は大きく削れる。ただし稜線の冷えと水場の有無は妥協できない」という独特のバランスになる。削れる所と削れない所が、地形と小屋の配置で決まる。
食事まわりを軽くする道具はソロのチタンクッカーを容量と重量で整理した記事へ。「ザックを下ろさず行動食と地図を出す」動線はサコッシュを動線設計から考えた記事が、容量と詰め方の感覚は圧縮とクラウドパッキングの容量差を幾何で考えた記事が役に立つ。
子ども二人を連れた初めてのテント泊の様子は、上高地から涸沢カールへ親子で歩いた山行記に書いた。何を持っていって、何が要らなかったか——その答え合わせの積み重ねが、次のザックを軽くしていく。
初テント泊の重さは、たいてい技術ではなく不安の重さだ。全部を床に広げて一つずつ問い直せば、その不安の正体が見えてくる。削るのは荷物だが、本当に軽くなるのは、たぶん気持ちのほうだ。