- なぜ、人によって刺される数がこんなに違うのか|「体質」の中身
- なぜ「足」ばかり刺されるのか|ブヨの低い飛び方と、露出した肌
- そもそもブヨとは|蚊と違い「咬み裂いて」くる虫
- 刺された後どうするか|掻かない。温めの真偽と、強めのステロイド
- 刺されないために|足元を固め、朝夕の水辺を外す
- まとめ|「体質」で片づけず、要因と足元で減らす
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同じ登山道を、同じ時間だけ歩いた。なのに、下山してから刺され跡を数えると、自分だけが二十か所、三十か所。すぐ隣を歩いていた同行者は、なぜか一か所も刺されていない——山でこれを経験すると、理不尽さに軽く腹が立ってくる。
僕自身、尾瀬で一晩テント泊をしたとき、まさにこれをやられた。同行者はまったくの無傷なのに、僕は両足にそれぞれ十か所以上、両腕にも三か所ずつ。翌日になって足首がぱんぱんに腫れ、じくじくとかゆみが長引いた。犯人はおそらくブヨ(ブユ)だ。
「刺されやすい体質だから」——そう言って片づけたくなる。でも、その"体質"の中身は、意外なほど具体的でわかっている。刺されやすさは偶然ではなく、吐く息の二酸化炭素・体の熱・汗の匂い・服の色という、測れる要因の差だ。そしてブヨは、蚊とは刺し方も後の腫れ方も違う、やっかいな別種の虫だ。
この記事は一般向けの情報で、診断や治療の指示ではない。腫れがひどい・化膿した・かゆみが長引くときは、自己判断で我慢せず皮膚科を受診してほしい。市販薬は用法・用量を守り、迷ったら薬剤師に相談を。
なぜ、人によって刺される数がこんなに違うのか|「体質」の中身
結論から言えば、虫が人を見つける手がかりは、吐く息の二酸化炭素・体の熱・汗の成分・皮膚の匂いだ。これらが多い人ほど狙われる。だから隣の人と刺され方が何倍も違う。
虫(とくに吸血する蚊やブヨの雌)は、目でなく"匂いと熱"で人を探す。手がかりは、おおよそ次のものだ。
- 二酸化炭素(吐く息)——代謝が活発な人、体の大きい人、運動直後や飲酒後は排出が増え、遠くからでも見つかりやすい
- 体の熱——虫は温度の高い場所へ寄る。運動後・入浴後、そして妊娠中は体温と呼吸量が上がり、狙われやすくなる
- 汗の成分——汗に含まれる乳酸などのカルボン酸に強く反応する。汗かきほど不利
- 皮膚の匂い——汗や皮脂を皮膚の常在菌が分解してできる匂い成分(カルボン酸やアンモニアなど)に反応する。汗をかいて時間が経つほど強まる
実際、人を並べて刺され方を比べると、いつも真っ先に刺される人と、ほとんど刺されない人がいる。ところが吐く息を遮ってしまうと、その差はほとんど消えてしまう。「刺されやすい人」の正体の大きな部分は、まず息と代謝——つまり二酸化炭素の量——だった、というわけだ。
服の色も効く。虫は黒っぽい色に寄りやすい。背景で目立つこと、黒が熱を吸って表面温度が上がること、そして虫が本来狙う哺乳類の体表が黒・茶・灰であることが理由とされる。白や明るい色のほうが、いくらか刺されにくい。
- 「O型は刺されやすい」——O型を好むという報告があるのは蚊で、しかも仕組みははっきりしない。ブヨで血液型を調べた研究は見当たらず、気にする根拠はない。決め手は血液型より、息・熱・汗のほうにある
- 「足の匂い(常在菌)で足を刺される」——これもマラリアを媒介するハマダラ蚊で示された話。ブヨが足を狙うのは匂いではなく、低く飛んで露出した足首に取りつくからだ(次章)
なぜ「足」ばかり刺されるのか|ブヨの低い飛び方と、露出した肌
結論から言えば、ブヨが足首を狙うのは"足の匂い"のせいというより、飛翔力が弱く地面近くを低く飛び、靴下と裾の隙間=露出した足首に取りつくからだ。
ブヨは蚊のように高く飛び回らず、地表や水面のすぐ上を低く飛ぶ。だから、テント場でくつろぐむき出しの足首、ズボンとソックスのわずかな隙間が、真っ先に標的になる。実際、ブヨの咬み跡を調べた集計では、被害は下肢(すね・足)と上肢(前腕・手)——つまり服から出ている部分に集中していた。僕が尾瀬で両足を集中的にやられ、腕も三か所やられたのも、"露出した肌をブヨが低い位置から拾った"と考えると腑に落ちる。足だけでなく腕もやられたことが、むしろ「匂いより露出で決まっている」証拠だ。
よく「足の常在菌の匂いが足を刺す理由」と説明される。だが、あれはマラリアを媒介するハマダラ蚊で示された話で、ブヨに当てはまる証拠はない。ブヨが反応するのは全身の汗の匂いで、"足だけの匂い"を狙うわけではない。だからブヨの足集中は、匂いより「露出と低い飛び方」で説明するほうが、直接のエビデンスに合う。
裏を返せば、足元さえ覆って隙間をなくせば、刺される数はぐっと減らせるということだ。その具体策は後半で。
そもそもブヨとは|蚊と違い「咬み裂いて」くる虫
結論から言えば、ブヨは蚊のように針を刺すのではなく、皮膚を咬み裂いて出血させ、そこをなめるように吸う。だから傷が深く、腫れも痛がゆさも蚊より重い。
ブヨ(地域によりブユ・ブトとも呼ぶ)は、きれいな水辺を好む虫だ。渓流や湿原など、清流のある山ほど多い——尾瀬のような水の豊かな環境は、まさにブヨの住処だ。活動が活発になるのは朝方と夕方の涼しい時間帯、そして曇りや湿度の高い日。真夏の日中のカンカン照りでは、かえって大人しい。発生期はおおむね春から秋(梅雨から9月ごろがピーク)。
いちばん蚊と違うのは、症状の出方だ。
| 蚊 | ブヨ | |
|---|---|---|
| 吸血のしかた | 針を刺して吸う | 皮膚を咬み裂いて吸う |
| 症状が出るまで | 数分〜数時間ですぐかゆい | 半日〜翌日以降に強く出る |
| 腫れ・かゆみ | 比較的軽い | 強い腫れ・熱感・激しいかゆみ、しこりが残る |
刺された直後は「あれ、ちょっとチクッとしたかな」程度で、その場では大したことがない。ところが半日から翌日にかけて、患部が赤く硬く腫れ上がり、焼けるようなかゆみが襲ってくる。これは、ブヨの唾液に対して体が起こす遅れてやってくるアレルギー反応だ。尾瀬で刺された僕の足首が本気で腫れたのも、当日の夜ではなく、翌朝だった。
なお、同じ藪や草地にいる虫でも、マダニは話が別だ。ブヨは刺されても痒いだけで済むが、マダニは感染症を媒介する。→ マダニ・SFTS対策と刺された後の正しい外し方に手順をまとめてある。
刺された後どうするか|掻かない。温めの真偽と、強めのステロイド
結論から言えば、いちばん大事なのは"掻かないこと"。そして治療の中心は、蚊用の弱い薬ではなく、強めのステロイド外用薬だ。
なぜ掻いてはいけないのか。掻き壊すと炎症が周りに広がり、じくじくと汁が出て、そこから細菌が入って化膿する。さらに、掻き続けて刺激を与えると、皮膚が防御反応で硬く盛り上がった「結節性痒疹(けっせつせいようしん)」という、治りにくいしこりに進むことがある。こうなると完治に数か月〜年単位かかることもある。だから、かゆくても掻かない。これが後を引かせない最大のコツだ。
手当ての順に見ていく。
- 温める、という民間療法について:ブヨ対策では「43℃くらいの湯で患部を温めると、毒が分解されてかゆみが和らぐ」とよく言われる。ブヨの毒がタンパク質で熱に弱い、という理屈だ。ただし正直に書くと、この温め療法の効果を確かめた医学的な検証(査読を経た研究)は見当たらない。害は小さいので、刺された直後に試すのは否定しないが、過信は禁物。効かなければ深追いせず、次の手に移る。
- 強めのステロイド外用薬(治療の中心):ブヨの炎症は蚊より強いので、蚊用の弱いかゆみ止めでは力不足になりやすい。市販で買える最強クラス(ストロングランク=リンデロンVsやフルコートfなど)を、早めに塗るのが要。ただし顔・首など皮膚の薄い所には強すぎるので、手足・胴に使う。掻き壊して化膿しそうなら、抗生物質配合のフルコートfを選ぶ。
- 抗ヒスタミンの飲み薬:かゆみが強いときの補助として。中心はあくまでステロイド外用。
- 5〜6日塗っても引かない、腫れが広がる、しこりが残る——そんなときは我慢せず皮膚科へ。
刺されないために|足元を固め、朝夕の水辺を外す
結論から言えば、ブヨ対策は「足首を守る」「朝夕の水辺を避ける」「忌避剤を足元に効かせる」の三つで、刺される数は大きく変わる。
前半で見たとおり、ブヨは低く飛んで足を狙い、足は匂いも強い。だから、守るべきは、まず足元だ。
- 足首の物理的な防御:ズボンとソックスの隙間、露出した足首が最大の弱点。ロングソックスを上げる、ショートゲイター(スパッツ)で隙間をふさぐ、といった物理的な壁がいちばん確実だ。生地の薄い部分は咬まれることもあるので、忌避剤と併用する。
- 忌避剤は成分と濃度で選ぶ:ブヨにはイカリジンかディートが有効。イカリジン15%はディート30%と同等の効き(持続6〜8時間)で、においやべたつきが少なく、肌や衣類へのやさしさで扱いやすい。汗で流れるので、足元・足首を中心に、こまめに塗り直す。ハッカ油は心地よいが汗や水で流れやすく、単独では力不足。あくまで補助と考える。
- 時間と場所をずらす:ブヨは朝夕と、水辺・湿った樹林で活発。行動や休憩を、可能なら日中の乾いた時間帯にずらすだけでも被害は減る。テント場で足を出してくつろぐ夕方が、いちばん危ない。
- 服は黒っぽい色を避け、明るい色を選ぶ。
ヘッドネットや防虫ウェア、忌避剤の全体像から選びたいなら、→ 夏山の防虫ウェア・ネット・忌避剤の選び方をまとめた記事にひととおり整理してある。
まとめ|「体質」で片づけず、要因と足元で減らす
刺されるのが自分ばかりなのは、運が悪いからでも、血が甘いからでもない。吐く息の二酸化炭素、体の熱、汗の匂い、そして黒っぽい服——虫が人を見つける手がかりを、たまたま多く出しているだけだ(ブヨでは、この個人差の大きな部分が"吐く息の量"で説明できる)。要因がわかれば、打つ手も見えてくる。
とりわけブヨは、低く飛んで足首を狙い、翌日になって強く腫れ、掻くと長く尾を引く。だから対策は絞れる。足元を固め、朝夕の水辺を外し、忌避剤を足首に効かせる。そして刺されたら、掻かずに強めのステロイドで早く抑える。 この四つを押さえておけば、次の尾瀬で、笑って歩けるはずだ。