- 高山病とは何か|頭痛が中心の、「二日酔い」に似た不調
- なぜ起きるのか|体力では防げない、「酸素が薄い」という物理
- 何メートルからなるのか|2,500mが目安、でも個人差がとても大きい
- 効く対策|順応がすべて。薬は順応を「速める」だけ
- 効かない・あやしい対策|「酸素缶」はなぜ気休めなのか
- 引き返すサイン|ここから先は、ためらわず下山する
- 子どもと登るとき|「ぐずる・食べない・吐く」が高山病のサイン
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富士山の五合目を過ぎたあたりから、頭が重くなってくる。北アルプスの稜線で、ふだんは元気な子どもが急にぐずり出す。マラソンを走れるはずの体力自慢が、3,000mで頭痛と吐き気に倒れる——高山病は、こういう「なぜ自分が」を、わりと平等にばらまく。
いちばん誤解されているのは、ここだ。高山病は、体力では防げない。 鍛えていても、若くても、関係なくやってくる。登山医学の資料がはっきりそう書いている。実際、僕も子どもを連れて富士山に3回登り、3回とも親子そろって頭痛にやられた。原因は体力ではなく、酸素が薄いという物理に体が追いつけないことにある。
高山病は何メートルから・なぜ起きるのか、本当に効くのは何で、ただの気休めは何か、子どもと登るときの注意、そして「ここから先は引き返す」という危険なサイン——最新の登山医学(ウィルダネス医学会のガイドラインなど)をたよりに、順に見ていく。薬や数値の話も出るが、最後の判断は必ず医療者や現地のガイドにゆだねてほしい。
高山病とは何か|頭痛が中心の、「二日酔い」に似た不調
高山病(急性高山病、英語の頭文字でAMSとも呼ばれる)の中心症状は、頭痛だ。これに、次のうちのどれかが重なる。
- 食欲がなくなる、吐き気がする
- だるい、力が入らない
- めまい、ふらつき
+ つぎのどれか → 食欲がない・吐き気/だるい・力が入らない/めまい・ふらつき
頭痛にもう一つ重なれば、高山病を疑う。高く登って悪化し、下げて楽になればほぼ間違いない。
登山医学で使われる採点表(レイクルイーズスコア)では、ざっくり言えば「頭痛があって、ほかの不調も合わせて一定以上」なら高山病と判断する。感覚としては、山の上で二日酔いになったような状態——これがいちばん近い。
僕の場合、2,400mを超えてテント泊すると、滞在中はずっと鈍い頭痛が居座る。寝ても起きても抜けない、あの重さだ。立ち上がればふらつき、めまいもついてくる。
高所では眠りも浅くなるが、これは「高山病の症状」というより、薄い酸素そのものの影響として整理されている(採点表からも2018年の改訂で外れた)。だから「眠れない=高山病」と単純には結びつけないほうが正確だ。
なぜ起きるのか|体力では防げない、「酸素が薄い」という物理
高く登るほど気圧が下がり、それに比例して、吸い込む空気の酸素の量(酸素分圧)が減る。標高3,000mあたりで、肺に入る酸素は平地のおよそ7割。空気中の酸素の「濃さ」が足りなくなる——これが、すべての高所の不調の出発点だ。
体はこれを感じ取って、呼吸を増やし、心拍を上げて酸素を稼ごうとする。だが急いで高度を上げると、この埋め合わせが追いつかない。急登では、2〜3歩進んでは立ち止まり、肩で息をつく——その繰り返しになる。あのハァハアは、足りない酸素を体が必死に取り戻そうとしているサインだ。時間をかければ体が慣れていく(これを順応という)。
見落とされがちだが——体力やトレーニングは、高山病のなりやすさに関係しない。 これは登山医学の資料がはっきり明記している点だ。マラソンを走れる人でも、富士山で頭痛に倒れる。逆に運動が苦手でも平気な人もいる。「鍛えれば高山病にならない」は、はっきり間違いだ。僕が毎回やられるのも、鍛え方が足りないからではない。
頭痛が起きる仕組みは、低酸素で脳の血管が広がって血流が増えるためと考えられているが、細かいところは、まだ完全には分かっていない(重い高山病では軽い脳のむくみも関わるとされる)。
ひとつ落とし穴がある。パルスオキシメーター(指で測る血中酸素の値、SpO2)が正常でも、高山病でないとは言えない。 高山病が出ていても数値が90%台で保たれることは珍しくない。数字だけ見て「大丈夫」と判断しないこと。
登山中のSpO2の目安として持つなら、これ。ただし数値が正常でも高山病は否定できないので、あくまで参考の一つに。
何メートルからなるのか|2,500mが目安、でも個人差がとても大きい
高山病が出やすくなるのは、医学的には標高2,500mあたりからが目安だ。ただし個人差が非常に大きい。感受性の高い人では、2,000mほどの低さで起きた例も報告されている。
そして、なりやすさを決めるいちばん強い要因は——過去に高山病になったことがあるかどうかだ。一度なった人は、次もなりやすい(リスクがおよそ2倍とされる)。僕が毎回必ずやられ、子どもたちも毎回つきあわされるのは、おそらくこの「なりやすい体質」が大きい。
では、谷川岳の1,900mで感じたあの頭痛は高山病だったのか。実のところ、断定はできない。その高度で高山病が出ることは「ありえなくはない」が、その高さの頭痛は、ほかの原因のほうが多い。
- 脱水(汗で水分が抜けている)
- 寝不足・前夜の疲れ・二日酔い
- 運動そのものによる頭痛、低血糖
- 片頭痛・緊張型頭痛
- 一酸化炭素中毒(テントや山小屋で火を使ったとき。症状が高山病とそっくりで、見逃すと命に関わる)
- 水の飲みすぎによる低ナトリウム血症(「水を飲めば治る」の逆を行く)
見分ける実用的なコツはひとつ。高度を上げて悪化し、下げて楽になるなら、高山病を疑う。 逆に、下りても消えない頭痛は、別の原因を考えたほうがいい。
ちなみに富士山では、ある調査で登山者の約3割が高山病になったと報告されている(2,305mの五合目から3,776mの頂上へ、短時間で一気に登る山だ)。睡眠を削って夜通し一気に登る「弾丸登山」は、体が慣れる時間も眠る時間も奪うため、高山病のリスクをはっきり上げる。
効く対策|順応がすべて。薬は順応を「速める」だけ
対策には、はっきりした優先順位がある。大きく分ければ二つ。体を慣らして「防ぐ」こと、そして出てしまったときに高度を下げて「治す」ことだ。薬も呼吸も水分も、この二本柱を助ける脇役にすぎない。
① ゆっくり登る——これが王道で、ほかは補助
予防の土台は、体が慣れる時間をつくることに尽きる。登山医学のガイドラインが挙げる目安はこうだ。
- 標高3,000mを超えたら、寝る場所の高さは1日あたり500mまでしか上げない
- 1,000m上げるごとに、1日の休養日を入れる
- 日中は高く登り、夜は低い場所で寝る("climb high, sleep low")
富士山の弾丸登山が体に悪いのは、この真逆——休まず一気に高度を稼ぐ——をやるからだ。五合目で1〜2時間ぶらぶらして体を慣らす、山小屋で早めに休む、それだけでもだいぶ違う。
→ ゆっくり登るのが楽しみに変わる、山の花の名前の覚え方を読む
② 深呼吸は「強力な補助」。ただし、ゆっくり大きく
呼吸は、たしかに効く。 高所でゆっくり大きく呼吸すると、血中の酸素が上がることが実測されている(標高4,559mで、SpO2が80%から89%へ。15分後)。登山では、吐くときに軽く抵抗をかける「プレッシャーブレッシング」も使われる。
ただし、補足が二つある。ひとつは、この効果は一時的だということ。呼吸を意識するのをやめれば、数十分で元に戻る。だから深呼吸は「ゆっくり登る」の代わりにはならず、あくまで強力な助っ人だ。もうひとつは、速くハアハアやる過呼吸は逆効果になりうること。吐きすぎると血液のバランスが崩れて脳の血管が縮み、かえってふらつく。「速く浅く」ではなく「ゆっくり深く」が肝心だ。
③ 水分・休養・避けるべきもの
- 水分は適量を。脱水は順応を妨げる。ただし飲みすぎは不要で、かえって危険(低ナトリウム血症)。喉の渇きと尿の色で調整する。発汗からの逆算は夏山の水分・電解質計画の記事に書いた
- 着いた初日はアルコールと睡眠薬を避ける。どちらも呼吸を抑えて、寝ている間の低酸素を悪化させる
- 到着直後の激しい運動を控える
汗で失う水分と塩分は、飲み物に溶かして手早く。飲みすぎず、こまめに。
④ 薬は「順応を速める薬」と「頭痛を抑える薬」を分けて考える
ここが、酸素缶や根性論との決定的な違いだ。
- アセタゾラミド(ダイアモックス):高山病予防の本命とされる薬。体をわざと軽い酸性に傾けて呼吸を底上げし、順応そのものを速める。鎮痛薬と違い「体を慣れさせる」方向に働くのが本質だ。手足のしびれや、炭酸飲料の味が変になるといった副作用がある。日本では処方薬で、高山病予防は保険適用外(自費)。富士登山を見据えるなら、登山外来やトラベルクリニックで相談するのが筋になる
- 頭痛薬(イブプロフェン、アセトアミノフェン=セデス等の主成分):高所の頭痛をやわらげる効果は、研究でも確かめられている。イブプロフェンには予防効果の報告もある。だが——これらは頭痛を消すだけで、高山病を治すわけでも、順応を進めるわけでもない。 薬で頭痛が消えたことを「もう登っていい」サインと勘違いすると、悪化を見逃しかねない
高所の頭痛をやわらげる市販薬なら、たとえばこのあたり。くり返すが、頭痛が消えても「登っていい合図」ではない。用法用量を守り、不安があれば薬剤師に相談を。
⑤ 出てしまったら——「登らない」、よくならなければ「下げる」
ここまでは予防の話。では、もう頭痛や吐き気が出てしまったら。登山医学には、シンプルで強い鉄則がある。
- 症状が出たら、それ以上高くへ登らない。 軽いうちにその高さで足を止めれば、体が追いついて、半日〜一日でおさまることが多い。
- 休んでもよくならない、または悪くなるなら、下げる。 高度を下げることは、薬でも酸素缶でもない、高山病の唯一確実な治療だ。たいていは300〜500mほど下げて寝るだけで、嘘のように楽になる。下りて消えるなら、それは高山病だったという答え合わせにもなる。
- 迷ったときの判断は、いつも同じ。「上げない・下げる」。よくなってから、また登り直せばいい。
いちばんやってはいけないのは、頭痛を薬で抑えて、そのまま登り続けることだ。痛みは消えても、体はまだ慣れていない。薬は時間を稼ぐ道具であって、登り続ける許可証ではない。
① 症状があるうちは、高度を上げない ② よくならない・悪くなるなら、下げる ③ 下げれば、治る
効かない・あやしい対策|「酸素缶」はなぜ気休めなのか
山の売店でよく見る携帯酸素缶(酸素スプレー)。結論から言うと、高山病に効くという科学的な裏づけは乏しい。 気休め(プラシーボ)の可能性が高い、というのが実情だ。
理由は単純で、供給できる酸素の量と時間が、あまりに小さいからだ。高山病に意味のある酸素を入れるには、医療用酸素を毎分1〜2リットル連続で吸うくらいが必要で、ひと吹き数秒の小さな缶では、血中の酸素を維持できない。吸った直後にスッとする感覚はあっても、それは長続きしないし、順応を速めもしない。
ここで混同しないでほしいのは、「酸素」そのものが効かないわけではないことだ。医療用酸素や、足踏みポンプで気圧を上げる加圧バッグ(ガモフバッグ)は、はっきり効く。問題は「缶のサイズ」であって、酸素の原理ではない。医療酸素と携帯酸素缶は、別物として分けて考えたい。
ついでに言えば、イチョウ葉エキスのような補完サプリは、効くという研究と効かないという研究が混在していて、確実には勧められない。そして繰り返すが、体力トレーニングで高山病は防げない。
引き返すサイン|ここから先は、ためらわず下山する
高山病でいちばん大事なのは、「ただの高山病」から「命に関わる状態」へ進む一歩を見逃さないことだ。次のサインが出たら、様子見はしない。迷ったら、下げる。
・まっすぐ歩けない、ふらつく(いちばん早く出る危険サイン)
・言動がおかしい、ぼんやりする、ひどく眠そう=酔っ払いに似た様子
・突き上げるような激しい頭痛、止まらない嘔吐
→ 放置すると、ふらつきが出てから半日〜1日で昏睡に至ることもある
肺のむくみ(高地肺水腫)のサイン
・休んでいるのに息が苦しい、ゼーゼーする
・激しい咳、ピンク色や泡状の痰
・急に動けなくなる、胸が締めつけられる
→ 脳のむくみより速く命に関わることがある。高山病の頭痛がなくても、単独で起こりうる
これらに共通する確実な手当ては、薬でも酸素缶でもなく、高度を下げることだ。高山病の段階なら、300mほど下げるだけで急に楽になることが多い。脳や肺のむくみまで進んだら、緊急の下山と酸素が最優先になる。「一晩寝てから決める」が、いちばん危ない領域だと覚えておきたい。
子どもと登るとき|「ぐずる・食べない・吐く」が高山病のサイン
子どもも、大人と同じくらい高山病になる。富士山で僕の子どもたちが毎回やられたのも、特別なことではない。
やっかいなのは、小さい子は「頭が痛い」と言葉で説明できないことだ。だから高山病は、別の顔をして出る。
- いつもよりぐずる、機嫌が悪い
- ごはんを食べたがらない
- 元気がない、遊ばない、顔色が悪い
- 吐く
親が「いつもと様子が違う」を高山病のサインとして拾うしかない。子連れなら、大人以上にペースを落とす、無理に頂上を目指さない、様子が変なら高度を上げない——これが鉄則になる。山の体調管理は、便秘やガスのような「山と身体」の小さな不調から、この高山病のような命に関わるものまで地続きだ。子どもの一段の不調こそ、早めに拾いたい。
高山病は、体力でも気合いでも勝てない。だが裏を返せば、強い人だけが助かる相手でもない。やることはもう出そろっている——ゆっくり登って体を慣らし、水を切らさず、大きく長く息を吐く。頭痛には効く薬を使い、酸素缶のような気休めには頼らない。そして「ふらつく」「休んでも苦しい」が出たら、迷わず高度を下げる。
順応は、時間でしか買えない。だから登る計画には、いつでも引き返せる余白をはじめから入れておく。高山病に強い体はない。あるのは、自分の不調を正しく読んで、引くべきときに引ける登山者だけだ。